第6章:運命の朝

(1)

〔夜・庭〕

私はランタンを右手に、バスケットを左手に持ってお屋敷を出た。

 

後は…約束の場所を目指すだけだわ。

 

〔茂みが揺れる音〕

 

主:…!?

 

私は音がした辺りにランタンをかざした。

 

ウィル(以下W):…よう。

 

主:ウィル…!?

 

ランタンの光に照らし出されたのは、緋色の人形…ウィルだった。

 

主:どうしてここに?

 

W:ま、ただの興味本位だ。

  人形に命をくれてやろうっていう大バカ野郎の顔を、今のうちに拝んどこうと思ってな。

 

ウィルはすでに私たちの状況を知っているのだろう。

 

W:……………。

 

主:…何?

 

ウィルは、じっと私を見つめていた。

 

W:…お前、本気なのか?

 

主:え?

 

W:ふん…緊張感のない顔してやがるぜ。

  これから死にに行こうって人間の顔にはとても見えねえな。

 

そ、そうかな?

 

W:おい、アストリッド。

 

主:はっ…はい。

 

突然名前を呼ばれて、私は少し緊張した。

 

正直、ウィルはちょっと苦手だ。

お茶会のときの、無愛想で、少し意地悪な彼の態度を私は思い出していた。

 

W:………………。

  ……俺は。

  自由を望むあいつの気持ちがわからないわけじゃない。

  俺もあいつと同じ精霊人形だからな。

  ……だが。

  そのために、人間の命を犠牲にすることには疑問を感じている。

 

意外な言葉だった。

 

クールで、皮肉屋で、他人に対して無関心…それが、ウィルに対する私のイメージだったから。

 

W:ましてや必死で生き延びようとしている人間から命を奪うなんて、俺の趣味じゃねえからな。

  だからもしお前の気が変わって、逃げたいと言うのなら俺はそれを止めはしない。

  ただ、逃亡の手引きまでしてやる気はないぜ。

  これはお前とあいつの問題だ。

  お前が逃げ切ろうが、あいつが自由を得ようが、俺にはこれっぽっちも関係ねえからな。

  ……ま、ようするに。

  俺は、お前にもあいつにも荷担する気はないってことだ。

 

主:………………。

 

ウィルは態度こそ素っ気ないけれど。

きっとその心は、友情に厚く、正義感も強いのだ。

普通なら矛盾しない、この“友情”と“正義”。

それが今回…“人形の解放”に関しては、激しく対立していた。

 

おそらく。

ウィルにとっては、友情も正義も等しく大切なもので。

だから、どちらかを選ぶということはできなかったのだろう。

そこで彼は、自分はただ黙って見守るという立場を選んだのだ…そう私は思った。

 

主:ありがとう、ウィル。

  でも、私は逃げるつもりはないの。

 

W:……………。

  ……そうか。

  ………ふっ。

  バカもここまでくると見上げたもんだぜ。

  …ま、好きしろ。

 

そう言ってウィルは、半ばあきれたような微笑を浮かべた。

 

W:ところで、お前、まさか約束の場所まで歩いていくつもりじゃねえだろうな?

 

主:ええ。そうだけど…。

 

W:2時間近く歩くことになるぞ。

 

主:そうね、けっこう遠いわね。

  でも、なんだか歩きたい気分なの。

  それにほら、軽食も持ってるし。

 

私は手にしたバスケットをウィルに見せた。

 

W:…………。〔苦笑〕

  ピクニック気分か。

  ……まったく、おめでたいにもほどがあるぜ。

 

…………。

鼻で笑われてしまった。

こういうの、ヘンなのかな…??

 

主:じゃ、行きましょう。

  ジルが待ってるわ。

 

W:……ああ、そうだな。

 

そう答えると、ウィルは私の手からランタンを取り、私に代わって足元を照らしてくれた。

 

主:…ありがとう。

 

W:………行くぞ。

 

 

〔夜空〕

空には星が瞬いていた。

私は、これまで何度こうして星空を見上げてきただろう。

夜空を飾る星はこれまでと変わらないはずなのに。

今夜はその砂粒ほどの輝きのひとつひとつが、強く胸に迫るように感じられた。

 

…1時間ほど歩いただろうか。

 

主:あそこで少し休みましょう。

 

 

〔大木〕

私は1本の大木の下に腰を下ろした。

ウィルも私に並んで座った。

 

私はバスケットを開けた。

中身は、小さな水筒とジンジャーブレッド。

まだ温かいお茶を水筒から注ぎ、私はブレッドをほおばった。

生姜の風味と、砂糖の甘味が口に広がる。

素朴であたたかい味だった。

 

主:ウィル、このお菓子ね、叔父さまが焼いたものなの。

 

W:……あのクルクルパーマか。

 

「クルクルパーマ」?

って…もしかして、叔父さまのこと?

 

主:ウィル、叔父さまを知ってるの?

 

W:ああ。1度だけだが、屋敷にやってきてな。

  まあ、どうでもいいことをペラペラとよくしゃべっていったぜ。

 

叔父さま、いつのまにかウィルを見に行ってたのね…。

もしかして他のみんなにも会いに行ってたのかな?

 

主:…ふふっ、そうね。たまにちょっと調子よすぎるかな。

 

叔父さまの軽妙な口調と仕草を思い出す。

 

………叔父さま…。

まさかこんなことになってるなんて、夢にも思ってないわよね…。

 

主:…ねえ、ウィル。叔父さまはね。

  明るくて、やさしくて、頼りになって…こんな風にお菓子まで焼いてくれて、本当に素敵な叔父さまなんだけど…。

  私は叔父さまが心配なの。

 

W:……?

 

主:だって、叔父さまは家庭を持ってないから。

 

そう。叔父さまは独り身なのだ。

奥さんがいて、子供がいるのが普通の年齢なのに。

その…叔父さまには叔父さまの考えや事情があるのだろうと思うわ。

だけど…。

 

主:私が口を出すようなことじゃないのはわかってる。

  でもね、人が生きていくには、愛情で結ばれた誰かが必要だと私は思うの。

  だから、もしルディがこの先叔父さまの人形になってくれたら、本当にうれしい。

  たとえそれがいわゆる家族というものとは違うとしても、精霊人形は十分“愛情で結ばれた誰か”たりえる存在だと私は思うわ。

  それに。

 

W:…「それに」なんだ。

 

主:それに、叔父さまのことは別にしてもルディにはこの先もずっと生き続けて欲しい。

  幸せは生きているからこそ感じられるんだもの。

  凍結してしまったら…その時間は死んでいるのと変わらないわ。

 

W:………………。

 

…あれ?

今日の私、なんだかおしゃべりだ。

なんだか気持ちがうわずってる。おしゃべりせずにいられないような気分。

私は、自分を冷静だと思っていた。

でも本当はそうでもないのかもしれない。

 

それに…ウィル。

 

W:……………。

 

話し相手が“人形”だということも関係しているのかもしれない。

精霊人形は“人形”と呼ばれ、たしかに人形的なところもあるけれど、“ただの人形”とは明らかに別物だ。

でも、人間と対峙するときに感じる、遠慮や警戒心をあまり感じさせないのは。

すべての人形が、人間の心をその器に受け入れ、慰めるために作られた存在だからだろうか?

それとも、彼らが人間の住む世界とは別の世界からやって来た異邦人だからだろうか…。

 

主:ウィル。

 

W:何だ。

 

主:ウィルはとても綺麗ね。

 

W:………?

  ……ずいぶん唐突だな。〔訝しげに〕

 

主:ごめんなさい。

  容姿のことを軽軽しく言うのって、ちょっとはしたなかった?

 

W:………別に。

  本気かお世辞か知らねえが、その手の言葉は耳にタコができるほど聞いてるからな。

  どうとも思わねえよ。

 

そう言ってウィルは肩をすくめた。

その仕草は、そんな褒め言葉などくだらないとでも言いたげだった。

 

主:……そう。でもね、ウィル。

  ウィルに限らずすべての精霊人形があんなに綺麗なのは、精霊人形には人間の理想が込められているからだろうって、そう思う。

  人間に美しい夢を見せてくれること…それもきっと、精霊人形にとって大切な役目なのね。

 

W:……………。

 

私は水筒をバスケットにしまうと、スカートを軽く払って立ち上がった。

 

主:そろそろ行きましょう。

 

それから私たちは再び1時間ほど歩いた。

夏の朝は早い。辺りに漂い始めた淡く白い光は、たちまち闇を薄めてゆく。

いつしか、ランタンの灯は必要なくなっていた。

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

(2)

〔レインフォーヴの丘〕

向こうに人影が見えた。

人影は全部で3つ。

3人…つまり、3体の精霊人形が私を待っているのだろう。

 

G:…待っていたよ、お嬢さん。

 

J:…………。

 

I:…………。

 

思った通り、ここにいたのは3体の精霊人形、ジル、ジャック、イグニスだった。

そして、私と一緒に来たウィル。

つまりルディを除くすべての精霊人形が、今ここに集まっているのだった。

 

ジャックとイグニスは無言だった。

そしてウィルも。

3人は解放を見届けに来たのだろう。

精霊人形の解放は、たとえ自分自身のことでなくても、人形たちにとって大きな意味を持っているのだ。

少なくとも彼らは、解放を止めるためにここにいるわけではない。

彼らの沈黙はそれを物語っていた。

 

G:まずは約束を果たしてくれたことに礼を言うよ。

  どうやら君は、本当に心の清らかな人間のようだ。

 

そう言ってジルは、私に向かって静かに微笑みかけた。

 

G:……ところで。

  あんな約束をして、君は今、後悔をしているのではないかい?

 

主:………………。

 

ジルに魂を譲ることを選んだのは私だ。

そのことは私自身が1番よく知っている。

…………だけど。

何一つ思い残すことはないとジルに言い切れるほど、私は強くも、潔くもなかった。

 

G:…………ふっ。〔自嘲的に〕

  すまない。つまらない質問をしたね。

  もし君が、後悔している、やはり命は惜しいと言い出したところで、それを許す気など私には毛頭ないのに。

 

穏やかな声の向こうに、私は闇を感じた。

長い時間によって深められていった、底の見えない闇を。

 

主:………ジル。

  私は後悔なんてしていないわ。

  だって、精霊人形が解放を望むのは正しいことだと思うから。

 

G:…………。

 

精霊人形は、魂の不完全さゆえにとても不安定な命だ。

そのために、精霊人形は人間に隷属しなくては生きられない。…どれほど人間を怨み、憎もうとも。

その精霊人形が、他の生命たちと同じ“自立した命”を欲することを。

自分が自分の器の主でありたいと望むことを。

………どうして止めることができるだろう。

 

主:それに私たち人間は、これまであなたたち精霊人形をずいぶん虐げてきたんでしょう?

 

あの日のジルを思い出す。

人間たちは人形の命を盾に、どれほど人形たちに献身を強いてきたのだろう。

そして人間たちはどれほど人形たちに、暗く、身勝手な欲望をぶつけてきたのだろう。

人間の身代わりとして。

 

主:私は、人間の罪を贖いたい。

 

人形たち:…!

 

主:もちろん私の魂1つで、すべての罪が許されるなんて思ってない。

  でも1つの魂で1体の人形が自由になれるなら、少しは罪滅ぼしになるわ。

 

そのとき。

 

■選択肢■

▼蹄の音、車輪が軋む音が聞こえてきた。〔→分岐A:引き続き下へ〕

▼鋭い叫びが、空を切り裂いた。〔→分岐B

 

〔馬車の音〕

 

G:!

 

見ると、馬車がこちらへ近づいてきていた。

 

馬車は私たちのいる場所からだいぶ手前で止まり、誰かを降ろすとそのまま逃げるように走り去った。

 

人影はこちらへと向かっていた。

ゆっくりと、一歩ずつ踏みしめるように。

 

 

主:……!

  ルディ!?

 

H:……………。〔虚ろな目・顔面に亀裂〕

 

どうして!?

休眠から覚めるには早すぎる。ルディはまだ動けないはずだ。

それなのに動いたせいだろうか…彼の顔には亀裂が入っていた。

 

ルディはおぼつかない足どりでこちらを目指していた。

 

と、突然ルディは体勢を崩し

 

〔転倒音〕

 

倒れた。

 

主:ルディ!!

 

私は思わずルディに駆け寄った。

駆け寄って地面に膝をつき、倒れたルディの上体を抱き起こす。

 

H:……………。

 

亀裂の入った肌。虚ろな眼差し。表情のない顔。強張った四肢。

抱いた彼の体に、肉体のしなやかさはまったく感じられなかった。

 

ルディ…。

こんな体で…私を止めに来たの?

自由のきかない、こんな体で。

 

私は胸が一杯になった。

辛い?悲しい?切ない?…うれしい?

それらは交じり合い、私の胸にせり上がって来た。

…これはきっと、“愛しい”という感情だ。

 

胸に満ちてきた愛しさは、最後涙となって私の目からこぼれ…。

腕の中の、ルディの頬に落ちた。

 

G:……君は、ホブルディを愛しているのだろう?

 

私は頷いた。

 

G:アストリッド。君に夢はないのかい?

 

主:………?

 

G:愛する者と結ばれることは、人間ならば誰もが願う夢だ。

  そして今、君のその夢はすでに叶っている。

  動けないはずのホブルディがここまでやって来たのは、君への愛ゆえにだろう。

 

……ジルは何が言いたいのだろう。

 

G:君に、その夢を諦められるのかい?

  幸せはもう君の手の中にあるのだよ。

 

…そう、私はもう手に入れていたのだ。

こんなにも無垢で、純粋なルディの愛を。

……でも。私は。

 

主:…………………。

  …………ジル。

  …私はルディが好きよ。

  ルディの側にいるだけで、幸せで胸が一杯になって。

  でも、ときどき、どうしようもなく不安で…切なくて…。

  こんな風に誰かのことを好きになったのは初めてだった。

  もしもジルが言うように、ルディも私のことを好きでいてくれたら、こんなにうれしいことはないわ。

  ……でもね、ジル。

  私がいなくなっても。

  ルディには、また新しい誰かが現れるわ。

  ルディを心から愛する人が。

  そして、ルディが心から愛する人が。

 

私は。

両親を続けて失ったとき。中傷の的にされたとき。お爺さまを亡くしたとき。

とても悲しくて。とても寂しくて。とても辛かった。

悲しみの只中、私はどうしたらいいのかわからず、ただ立ちすくんでいた。

だけど。

…叔父さま、お爺さま、お友達…そして、精霊人形ホブルディ。

私を取り囲む人たちと、繰り返される昼と夜は、私を慰め、励ましてくれた。

あの頃の悲しみは、今は私を苦しめるものではなく、私を支えてくれている。

きっとルディも…これまでたくさんの悲しみと苦しみを乗り越えて、今日まで生きてきたはずだ。

だって人形の彼は、人間の私よりずっと長い時間を生きてきたんだもの。

私も…いずれ、彼の思い出のひとつとなって…願わくは彼の支えでありたい…。

 

主:だけど、ジル。

  ジルには、私しかいないものね。

 

G:…!!

 

そう。彼には私しかいない。

今、彼に自由をあげられるのは、私しか…!

 

主:ただ、ジル。これだけは覚えておいて。

  私があなたに魂をあげようと思ったのは、さっき言った理由もあるけれど。

  もう1つ加えるなら、あなたがルディの仲間だったからよ。

 

G:……?

 

主:ルディがジルのことを、口に出してそう言ったわけじゃない。

  だけどね、精霊人形にとって精霊人形は、ただ精霊人形であるというだけで、かけがえのない存在だわ。人間にとって、人間がそうであるように。

  私が愛する人の大切な人だったから、私はあなたに魂をあげたいと思った。

 

私がルディと過ごしたおよそ2ヶ月。

その2ヶ月という時間は私にとって。

ルディが…精霊人形が、あまりにも人間に似た“稀有で不思議な人形”から。

彼らになら何を差し出しても惜しくないと思うほど“愛しい人形”へと変わるのに、十分な時間だった。

 

ふと、叔父さまの言葉が脳裏をかすめた。

叔父さまの言葉…「人形に溺れる」…。

これから自分がしようとしていることを間違っているとは思わないけれど。

こんな自分を愚かだとは、少し思う。

 

…………………。

……ああ、でも。

そんなことはどうでもいいわ…。

私との出会いが、この美しくも哀しい人形たちの幸せにつながっているのなら。

もう、何も…。

 

私はもう1度、腕の中のルディに目を落とすと、彼の頬に落ちた自分の涙をぬぐった。

なんだかルディが泣いているみたいで嫌だったから。

 

主:ルディ……私、うれしかった。

  まさか、もう1度あなたに会えるなんて思ってもいなかったから。

  本当にありがとう…。

 

ルディは何も応えなかったけれど。

私はとても満たされた気持ちだった。

だって。

私はこんなにも強く、ルディに愛されていたのだと知ることができたのだから。

 

無言のルディを地面にそっと横たわらせ、私はゆっくりと立ち上がった。

 

そして眦に残った涙をぬぐい。

1つ深呼吸をする。

 

私には、ジルに魂をわたすと決めたときから考えていたことがあった。

 

主:ジル。最期にお願いがあるわ。

 

大丈夫。

大丈夫……ちゃんと、言える…。

 

G:…何かな、お嬢さん。

 

主:剣を私に貸して。

  魂は自分で取り出すわ。

 

G:…!?

 

主:ジル。あなたの新しい人生がこれから始まるのよ。

  その門出を血で汚してはいけない。罪と引き換えに得た自由ではいけないわ。

  だから魂は私が自分で取り出す。

  その剣で胸を突けばいいんでしょう?

 

I:…位置的には鳩尾だ。

 

主:…わかったわ。鳩尾を狙えばいいのね。

 

人形たち:……!

 

G:…………。

 

ジルは混乱しているようだった。

そうよね。もし、その剣を奪って逃げられたら、機会は失われてしまう。

簡単には信用してもらえないかもしれない。

でも同じ魂なら、罪に塗れた魂ではなく、何ら疚しさのない魂をジルに受け取って欲しかった。

 

人形たち:…………。

 

沈黙が続く。

ジルは私の気持ちを受け入れてくれるだろうか…。

 

W:……ふっ。

 

沈黙を破ったのはウィルだった。

 

W:俺はそいつを信じるぜ。

  どうやらそいつのお人好しは筋金入りのようだからな。

 

ウィル…!

 

J:俺もそいつを信用する。

  俺に、そいつを疑う理由はない。

 

ジャック…。

 

2人ともありがとう。

 

I:その娘に、我々を出し抜けるほどの才覚があるとは思えん。

 

イグニスの言葉も、結果的に私の意志を尊重してくれるものだった。

 

G:…………。

 

ジルはしばらく押し黙っていた。

 

G:……わかった。君を信じよう。

 

そう言うとジルは、私に向かって剣を投げ。

私はそれを受け取った。

 

主:ありがとう、ジル。

 

G:…………。

 

改めて短剣を見る。

それは刃先こそ珍しい形だったけれど、魂を取り出すなんて不思議な力が宿っているようには見えなかった。

 

私は、それを両手で逆手に握った。

これで私は自分の胸を突いて…私は死ぬ。

この期に及んで私はまだ実感がわかなかった。

冷静…と言うより、心が、体が、麻痺しているのかもしれない。

でもふとしたきっかけで、死への恐怖が噴き出しそうで、それが怖かった。

 

急がなくちゃ。

恐怖に目をつぶっていられるうちに、すべてを終わらせなくては…!

 

痛みをこらえて2度自分の胸を突ける自信はない。

だから1度で…一撃でやらなきゃ。

ためらったら絶対にダメだ。

 

私は、すべての精霊人形たちの顔を見た。

 

金色の人形、ホブルディ。

緋色の人形、ウィル。

漆黒の人形、ジャック。

銀色の人形、イグニス。

……薔薇色の人形、ジル。

 

命を得た奇跡の人形たち。

精霊人形たちは、私に素晴しい夢と、ときめきを与えてくれた。

まさかこんな幕切れになるとは思わなかったけれど…。

でも、出会ったことを後悔はしていない。

 

最期にもう1度、私はルディに目をやった。

 

H:………………。

 

ルディ…さようなら…。

私の、お人形さん…。

 

私は、一息に剣を胸に突き立てた。

 

 

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