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         【 ひとつめのおはなし : Will-route 】

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第1章:封じられた人形

(1)

〔黒背景〕

私は、夢を見ていた。

 

見ていたとは思うけれど。あまりに切れ切れで、支離滅裂で、見ていた…という感覚しか残らなかった。

 

 

〔主人公の部屋〕

?:気がついた?

 

目を覚ました私が最初に見たのは、叔父さまの顔だった。

 

主人公(アストリッド 以下主):叔父さま…?

 

サイラス(以下S):アストリッド…!

          ああ…、よかった。

          もしかしたら、2度と目を覚まさないんじゃないかって心配してたんだ!

          本当によかった…。

 

そう言って手を強く握ってきた叔父さまに、私は少し戸惑った。

再会はたしかにうれしいけれど、ちょっと大げさすぎる。

 

…………。

…でも、私。どうしてベッドで寝てるんだろう…。

叔父さまの荷物を開けて……。

…………。

そこから先が、よく思い出せない。

何かが…とても不思議な何かがあったような気がするんだけど…。

 

…あ、そういえば。 

 

主:叔父さま…私、叔父さまの荷物を勝手に開けちゃったんだけど…。

 

S:ああ、あれのことか。

 

そうだ。あの奇妙な荷物。

あれは一体、何だったのだろう?

 

S:驚いただろう?

  見ての通り、あれはとても不思議で、とても貴重なものなんだ。

  …もし、あの話が本当ならば、だけれど。

 

“あの話”“本当ならば”

…どういう意味?

 

叔父さまは、自分もまだ半信半疑なのだけれど…と前置きをしてから話し始めた。

 

S:あのランタンには、炎みたいなものが入ってただろう?

  あれは“擬似魂(ぎじこん)”と言って、ある特別な人形に命を与えるエネルギーのようなものなんだ。

 

主:人形?

  人形って、あのおもちゃのお人形さんのこと?

 

ここでそんなものが出てくるなんて、あまりに唐突に思えた。

 

S:そうと言えばそうだし、違うと言えば違う。

  とにかく、特別製の人形だからね。でも、いわゆる人形だと思ってもらってかまわない。

  話を戻すよ。

  擬似魂は、ある特別な人形に命を与えるエネルギーのようなものだと言ったね。

  でも、それを直接人形に入れることはできない。1度人間が取り込んでから、人形に移す必要があるんだ。

  そしてそれは今、アズの体の中にあるはずだ。

 

そうだ。あの青白い炎は、私の頭上に落ちてきた。

落ちてきて…どうなったのだろう。

よく思い出せない。

とにかく私は気を失った。

それが、私の体にあの炎が入った…ということなのだろうか?

 

S:今、アズの体内にあるその擬似魂を、その特別な人形に移し替える。

  そうすると、その人形は意志と感情と知性が与えられて、あたかも生きているかのように動くようになるらしい。

 

主:それはつまり、お人形が心を持って、人間みたいに動いたり、しゃべったりするってこと?

  …ふふっ。なんだか、おとぎ話みたいね。

 

私は、ちょっと笑ってしまった。

私は叔父さまにからかわれていると思った。

 

S:僕も最初はそう思った。

  でも、文献と一致するものがいろいろと見つかってね。

  まんざら作り話でもない、そういう確信を得た。

 

叔父さまの口調にふざけている様子はなかった。

どうやら私をからかっているわけではないみたい…。

 

S:あの炎が普通の炎じゃないことは、アズ自身が体験済みのはずだ。

 

それは確かにそうだった。

あんな不思議なことがただの炎で起きるわけがない。

でも。

 

主:でも、叔父さまが言う特別な人形が本当に…。

 

本当にあるの?と言いかけて、突然私は思い出した。

私が初めてこのお屋敷に来たとき、ここの地下室で私は見たのだ。

等身大の人形を。

それはあまりに人間そっくりだった。…怖いくらいに。

 

S:思い出したかい?

  そう、地下室にあるあの人形だ。

  あれが疑似魂の器…命を宿す可能性を持った神秘の人形、精霊人形(エレメンタルドール)だ。

 

主:精霊人形?

 

私は叔父さまの言葉を繰り返した。

 

S:うん。それがこの生き人形の呼び名だ。

  疑似魂が精霊から作られていることに由来するそうだよ。

  どうやらこの屋敷の地下室は、かつて精霊人形工房だったらしい。

  もっとも、僕がこの屋敷を手に入れたのはまったくの偶然でね。買い取ってから、邸内をあちこち調べているうちに地下室を見つけた。

  そこには、精霊人形に関する書物があって、精霊人形とおぼしき人形があった。

  ただ唯一、精霊人形のエネルギーたる擬似魂だけはなかったから、目覚めさせることはできなかったんだけど…。

  でもその擬似魂も、旅先でやっと見つかって僕はここに送った。

  それをアズが開けてしまい、結果、擬似魂を取り込んでしまった…というわけ。

 

不思議な炎、地下室の人形、それらにまつわる書物…。

たしかに信じる材料はそれなりにそろっているように思えた。

 

でも…正直、まだ信じられない…。

 

S:まあ、アズが信じられないのも当然だ。

  僕だってまだ、すべてを信じる気にはなれない。

  どんなにもっともらしいものがそろったところで、この目で命を得た人形を見るまではね。

  でも、もしも本当なら、それはすごいことだと思わないかい?

  人形が命を持つなんて、まさしく奇跡じゃないか!!

 

そう言って叔父さまは目を輝かせた。

 

主:………それはそうね。

  もしその話が本当なら、私だって精霊人形に会ってみたい。

 

S:なあ、アズもそう思うだろ!?

 

叔父さまは、少し興奮しているようだった。

 

S:………でも。〔少し沈んだ表情〕

 

主:「でも」?

 

S:仮に精霊人形の存在が事実として。

  精霊人形を復活させるべきなのかは、まだ迷っている。

 

主:どうして?

 

S:精霊人形は、その昔人間たちによって作られた物だ。

  当時は人形師も複数いて、数もけっこう作られたらしい。

  でも、その人形たちは人間の手によってすべて廃棄された。

  詳しい理由は僕も知らない。

  けれどそれは、精霊人形が、人間にとって素晴しいだけのものではなかったことを示しているんじゃないかな。

 

つまり、精霊人形は人間の敵になるようなものだった、ということだろうか?

 

S:地下室の人形は、その廃棄の難を逃れたものだろう。

 

主:じゃあ、やっぱり精霊人形は目覚めさせちゃいけないものなの?

 

S:…それは、どうだろうな。

 

叔父さまはちょっとむずかしい顔をした。

 

S:たしかに危険がないとは言えない。

  でも、人形の生殺与奪権は所持者…つまりオーナーが持つことになるし、そもそも人形はオーナーに服従するものらしいんだ。

 

主:オーナーに服従?

 

S:うん。人形は意志や感情を持っていても、オーナーの命令には逆らえない。

  オーナーとは、もう少し厳密に言うと、精霊人形を目覚めさせた者…つまり擬似魂を体内に取り込み、それを人形に与えた者のことだ。

  アズが人形を目覚めさせれば、人形はアズの命令に従うだろう。

  アズは人形の主人になるんだ。

  だったら危険は小さいんじゃないかな。オーナーであるアズが、人形をちゃんと監視さえしていれば。

  それに…。

 

主:それに?

 

S:やっぱり、可能性があるなら確かめたいじゃないか。

  そんな奇跡が本当にあるのか。

 

そう言って叔父さまは少年みたいに笑った。

 

私は、叔父さまにつられて少し笑った。

でも、叔父さまみたいには笑えなかった。

 

精霊人形。

意志と感情と知性を持つ、奇跡の人形。

しかも、所持者であるオーナーに服従するという。

なんて人間に都合のいい人形だろう。

そんなおとぎ話を信じろと言うほうが無理だ。

 

……………。

 

…………………………。

 

…でも。

もし、本当なら。私は…。

 

私は、自分の胸の内側で、あの黴のような“影”がざわつくのを感じた。

 

S:それに…正直に言うとさ、1度人体に取り込んだ疑似魂を元に戻す方法を、僕は知らないんだ。

  疑似魂は人間の体内に入れっぱなしでいいものかもわからないし…実際のところ、人形の復活を試す以外に選択肢はないと思う。

  ただ…。

 

主:…?

 

S:その…アズはオーナーになりたくないかもしれないな、と思う。

  オーナーになるということは、精霊人形という得体のしれないものの最終的な責任を負うということだからね。

 

主:もしかして叔父さまは、私をこんなことに巻き込んで悪いって思ってるの?

 

S:……………。

  文献を信じれば、多少のリスクはあるにしても精霊人形は人間の素晴しい僕になるだろう。

  でも、その内容もどの程度信用できるのかな?

  …はっきり言って、精霊人形が神の使いか悪魔の手先か、僕にもわからない。

  そんな正体の知れないものの責任者になれって言うのはね…。

  それに、そもそも精霊人形は僕の持ち物なわけだし。

 

人形復活を試す以外に選択肢はないと言いながら、叔父さまは迷っているようだった。

 

主:…ねえ、叔父さま。

  叔父さまの荷物を勝手に開けたのは私よ。

  自分のしたことに責任を持つことは当然のことだわ。

  もっとも、小包を開けたことでこんな不思議なことに巻き込まれるなんて思いもしなかったけど。

 

……叔父さま。

大好きな叔父さま。

私に叔父さまの願いを叶える機会が与えられているのなら、その願いを叶えたいと思った。

 

……………。

でも。

本当はそれ以上に。

私は、自分の胸にはびこる“影”に突き動かされたのかもしれない。

 

私は、心を決めた。

 

 

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(2)

〔地下室〕

私と叔父さまは地下室にいた。

 

あふれんばかりに本が詰め込まれた書棚に、大小さまざまな木箱。

それから、ほうきやバケツといったありきたりな日用品から、何に使うのかよくわらかない道具まで、置かれている物は実にいろいろだったけれど。

それらはみな均しく埃に覆われ、一様に古めかしかった。

 

この地下室は精霊人形工房だったと叔父さまは言っていた。

そう思って見ると、たしかにそれとおぼしき道具がところどころに置かれている。

 

地下室を一望した後、私たちは部屋の隅に置かれたそれに近づいた。

 

“それ”とは黒塗りの棺のことだ。

そこに私たちの目的のものが眠っている。

 

S:蓋を開けるよ。

 

〔暗転・蓋を開ける音〕

 

主:…………!

 

私は棺の中に目を落とし、深いため息をついた。

 

〔暗転明け〕

 

棺には、人間そのものと見まごうほどに精巧で、人間と思って見ればあまりに完璧すぎる、美しい人形が納められていた。

その人形を一言で言い表すなら…。

 

緋色の人形…だろうか。

 

獅子の鬣のように無造作に整えられた髪は燃えるような緋色。

一方、宙を見つめる瞳は氷のような淡いブルーで。

硬質なその輝きは、宝石のアクアマリンを思わせた。

 

〔暗転〕

私が初めてこの人形を目にしたのは、たしか7才くらいだったと思う。

冒険家気取りで、私は初めてやってきたこのお屋敷を探検していた。

そのとき、偶然地下室への入り口を見つけ、棺を見つけ…この緋色の人形を見つけたのだった。

そのときは、今のように美しいというより、怖いと思ったことをはっきり覚えている。

 

私がそんなことを考えている間に、叔父さまは人形の上体を起こし、項のネジがきちんと締まっているかを確認した。

このネジがしっかり締まっていないと魂を定着させることができないらしい。

 

確認を終えた叔父さまは、もう1度人形を横たわらせた。

 

〔暗転明け〕

S:さあ、はじめよう。

  方法はさっき教えた通りだ。大丈夫だね?

 

主:…はい。

 

本当はまだ半信半疑だった。

教えられたようにやったところで何も起こらず、叔父さまと笑いあうことになるのかもしれない。

 

でも、今は信じよう。

この素晴しい人形が目覚めることを。

 

私はひとつ深呼吸した。

そして、左の手のひらを横たわる人形の額に当て。

目を閉じ。

その冷たい感触に気持ちを集中した。

 

〔暗転〕

お人形さん。

お人形さん、どうか、目を覚まして…。

 

私は、心の中でそう呼びかけた。

 

どうか、目を覚まして…。

 

どうか、目を覚まして…。

 

どうか、目を覚まして…。

 

繰り返し呼びかけるうちに、いつしか疑う気持ちはなくなっていた。

 

どうか、目を覚まして…。

 

私は、ただひたすらに呼びかけていた。

 

お願い…どうか目を…!

 

どのくらいそうしていただろうか。

 

と、ふいに。

 

?:…手をどけろ。

 

えっ…。

 

聞き覚えのない声に、私は思わず額から手を離し、目を開けた。

 

〔暗転明け〕

精霊人形:……………。〔不機嫌そうな顔〕

 

さっきまで横たわっていた人形が、今は上体を起こし、私を見ていた。

 

お人形が…動いた?

 

精霊人形:いつまでもだらだらと…とっくに十分なんだよ、まったく。

 

人形は、腹立たしげな視線を私に送った。

 

……お人形が…お人形がしゃべってる…。

 

そして、人形は1人で立ち上がると。

棺から出て、凝った体をほぐすように自分の肩を軽く揉んだ。

 

しゃべって…今度は動いてる…!

 

しばらくそうした後、人形は私を見下ろした。

 

精霊人形:………………。

 

氷のように冷たい視線。

瞳の色とあいまって、その冷たさは私の目に突き刺さるようだった。

 

精霊人形:ふん。

     今度のオーナーは、女の子供(ガキ)か。

 

子供って…私、一応17歳なんだけど…。

 

彼はそう言って、今度は叔父さまに目をやった。

 

精霊人形:そっちのオッサンは、その子供の親か?

 

S:えっ。僕!?

 

精霊人形:…ま、どうでもいいがな。

 

〔精霊人形退場・ドアの開閉音〕

 

興味なさげにそう言うと、人形は1人でさっさと地下室を出て行ってしまった。

 

主:………………。

 

精霊人形は実在したのだ。

でも、あまりに現実離れしていて、私は目の前で起こった奇跡をまだ信じられないでいた。

 

S:と…とにかく、彼を追いかけよう。

 

叔父さまの声に我に返った私は、叔父さまと一緒に、彼を追って地下室を出た。

 

 

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