第4章:アクシデント

(1)

〔市場〕
私は、ジャックと市場で買い物をしていた。


野菜や果物、肉・魚介類、それからパンといった食料品を中心に、日用品や美術工芸品まで、さまざまな品が店頭に並べられている。


たくさんの物が集まる場所には、やはりたくさんの人々が集まるもので、市場は活気にあふれていた。


J:…………。


ここにはジャックの関心を引くものが多くあるらしく、私が品物を選んでいる間に姿が見えなくなることがしばしばあった。
そのたびに私は、彼を捜さなくてはならなかったけれど。
野菜や果物や雑貨を手に取っては、興味深げに見つめる彼は嫌いじゃなかった。


一通り見回った私は、手の中のメモに改めて目を落とした。


うん…これでもう十分ね。
そろそろ帰ろう…。
あ、ジャックにも声をかけなきゃ。
近くにいるかな…。


そう思っていたときだった。


〔どよめき〕


突然、周囲がざわめきだした。


通行人:誰か…誰か、止めてくれ!!


〔蹄の音・馬の嘶き〕


逼迫した声のした方に振り返ると、1頭の馬がこちらに向かって走っていた。


馬はひどく興奮しているらしく、人を前にしてもまるでお構いなしで、スピードを落とすことなく走り続けている。


通行人:うわああっ!!


通行人:きゃーっ!!


〔物が倒れる音〕


暴走馬を前に通行人は逃げ惑うばかりで、私も道の端に身を寄せた。


そうだ、ジャック。
ジャックは?


私は人ごみの中にジャックをさがした。


と、そのとき。
私の脇を、小さな男の子が小走りで通り抜けていった。


男の子:…………。〔笑っている〕


男の子は道の真ん中で立ち止まって、その場にしゃがむと、小石をいじりだした。


〔蹄の音が近づいてくる〕


主:危ない!


私は、男の子を引き戻そうと咄嗟に飛び出し。
男の子の腕をつかんだ瞬間。


主:きゃっ!!


〔暗転・地面を蹴る音・蹄の音〕


強い力が、私をさらった。


〔遠退いて行く蹄の音・暗転明け〕


J:………………。


気がついたら。
私は、ジャックの腕の中にいた。


蹄の音が、どよめきと蛮声を伴って、向こうへと遠退いてゆくのが聞こえる。
どうやら、危険は去ったようだった。


でも、どうして私は、ジャックの腕の中にいるのだろう?


男の子:……うっうっ。
    うえーん…!!


状況をよく呑み込めないでいる私のすぐ側で、突然、男の子が声を上げて泣き出した。


主:僕、大丈夫?


男の子の様子を見るために、ジャックから離れたときだった。


女性:坊や!


切迫した女性の声が、耳に飛び込んできた。
と、同時に


男の子:うえええーん!!


男の子はいっそう声を張り上げ、突然、人混みを掻きわけて走り出した。
そして1人の若い女性に飛びつくと、女性は男の子をしっかりと抱き上げた。


女性:ああ…よかった。
   坊や、無事だったのね!本当によかった…。


どうやら、この女性が母親らしい。
母子が無事再会できたことに、私はほっとした。


女性:先程は危ないところを、本当にありがとうございました。
   お怪我はありませんでしたか?


主:はい、大丈夫です。坊やも無事だったようでなによりです。


女性:ええ、本当に…。
   お2人とも坊やのために、どうもありがとうございました。


「お2人とも」?


J:……………。


…ああ、そうだ。
私をさらった強い力の正体はジャック。
ジャックが、暴走馬の巻き添えになりそうになった私たちを守ってくれたんだ…。


私は、ここでようやく事の顛末をはっきり理解した。


女性:では、これで。


〔母親退場〕


女性は、何度も頭を下げながら私たちの前から立ち去った。


主:ありがとう、ジャック。
  助けてくれて。


J:……………。
  礼には及ばん。
  俺は当然のことをしたまでだ。


ふふっ。
ジャックが謙遜なんて、ちょっと珍しいかも。


主:でも、ジャックのおかげで、私もあの子も無事だったんだもの。
  十分感謝に値するわ。


J:……………。
  俺は、飛び出したのがあの子供だけだったら、手を出すつもりはなかった。


主:え?


J:当然だ。あの子供は俺に何の関係もない。
  そんな子供のために、何故、俺が何かをしなくてはならないのだ?
  俺は自分のオーナーの命にかかわると思えばこそ、あんなことをしたのだ。


主:……………。


J:おまえには今後あんな馬鹿げた真似を2度としてもらいたくない。
  オーナーのおまえに死なれては、後が何かと面倒だからな。
  いいな?


〔ジャック退場〕


そう言うと、ジャックは私に背を向けて歩き出した。

 

〔街中〕
市場で買い物を終えた私たちは、家路についていた。


J:………………。


ジャックは、私の少し前を歩いて行く。


彼の背中を見つめながら、私は市場での出来事を…ジャックの言葉を思い返していた。


J:あの子供は俺に何の関係もない。
  そんな子供のために、何故、俺が何かをしなくてはならないのだ?


J:おまえには今後あんな馬鹿げた真似を2度としてもらいたくない。
  オーナーのおまえに死なれては、後が何かと面倒だからな。


…………………。
…結局のところ。
精霊人形は“人形”だから、命の大切さも人の愛情も、心から理解することはできないのだろうか?
そして彼にとってオーナーとは、自分が生きていくための手段でしかない。


私が死んだら面倒だとジャックは言った。
面倒ではあるけれど、私を失ったところで彼は困らないのだろう。
また、新しいオーナーを求めればいいのだから。


私はジャックの1番の理解者でありたいと思っている。
……だけど。
私はジャックとの間に深い溝を感じずにはいられなかった。


J:………。


ジャックは相変わらず無言で歩き続けている。


きっと、彼の頭には、さっきの出来事などもうこれっぽっちもないのだ。
彼はとっくに、別のことを思い、考え。
私だけがまだ、彼のしたこと、彼の言葉に囚われている…。


J:……?


と、ふいに。
ジャックは足を止めた。


……何?


J:……っ…!

呻き声のような、悲鳴のような声を上げたジャックは、突然姿勢を崩すと、その場にうずくまった。

 

〔リビング・新聞を読むサイラス〕
S:…山中で巨大リス出現。
  熊ほどもあるそのリスと遭遇したスミス氏63歳は、そのふさふさとした尻尾に首を絞められたが、たまたま所持していたクルミを投げつけたところ、巨大リスは興味をそちらに移し、再び山中に姿を消した…。
  …って、なんだこりゃ。
  んっ?よく見たらこの新聞、日付以外すべて誤報と言われているイースト・スピーク新聞じゃないか。
  なんで家にこんなゴシップ新聞が…まさかアズが買ってきたとも思えないしな。
  となると、ジャックか?
  でも、彼にお金は持たせてないしなあ。
  ……まあ、アズが多少は彼に小遣いやってるのかも…。


〔乱暴にドアが開く音〕
主:叔父さまっ!


私は「ただいま」も言わずに、叔父さまを呼んだ。


S:お帰り、アズ。
  ジャックもごくろうさん。


J:…………。〔浮かない顔〕


S:ずいぶんあわててるみたいだけど、どうかしたの?
  それに胸に抱えてる荷物…それ一体何?


主:見て、叔父さま。大変なの。


私は抱えていた荷物を開いた。


S:わっ。何これ。
  これ…まさかジャックの腕…?


J:そうだ。


主:帰ってくる途中、突然ジャックの両腕が抜けて…。
  すごくびっくりしたんだけど、とにかく、ばらばらになったパーツを拾い集めて…とりあえず、ジャック自身は大丈夫だったみたいだからよかったんだけど…人に見られたらどうしようって…あ、やっぱり見られちゃってたのかな…よくわからないけど…でも、とにかく早くお屋敷に戻らなきゃ…って…。


S:それで、あわてて帰ってきたってわけ?


私は頷くと、ジャックのマントコートを脱がせた。


〔両袖に厚みはなく、手首以下もない〕


J:…………。


S:わっ。本当にジャックの腕、なくなってる。しかも両方!
  …痛くはないのかい?


J:まあ、違和感はあるがな。


S:ところでなんでまた突然こんなことに…。
  何か無理でもしたのかい?


J:いや。
  おそらく模造腱の老朽化のせいだろう。


主:模造腱?


ジャックによると、精霊人形の腕は模造腱と呼ばれる1本の紐を使い、両腕を引き合う形で繋いでいるのだそうだ。
その模造腱が、長い時間を経て朽ちたために切れたのだろう…とのことだった。


S:しかし、どうすればいいのかな。
  この模造腱ってやつ、見たところはゴム紐っぽいけど、まさか本当にゴム紐で代用するわけにはいかないだろ?


J:当たり前だ。
  模擬腱の予備はここの地下室にある。


S:と、言うことは。


主:ジャックの腕、もとに戻せるってこと!?


J:そうだ。


主:…よかった。


ジャックの腕、元通りになるんだ!
よかった。…本当によかった。
……………。


J:……………。
  ……泣いているのか。


主:えっ。


J:泣いているのか、アストリッド。


主:なっ…泣いてなんて…。


私はごまかそうとした。


…だけど。涙が…勝手に…。


J:……!
  なぜ泣く。おまえの体が痛むわけではあるまいに…!


主:…ううん。


私は首を横に振った。


主:私、本当に痛かったのよ。ジャック。


J:…?


主:ジャックのその姿を見てたら、胸が痛くて、すごく悲しくて…。


J:…………。


主:………ごめんなさい。
  もう大丈夫ってわかったから、泣くことないって…わかっているのに。
  今頃になって涙が…。


そう、大丈夫なんだから…。


私は自分に言い聞かせて、涙をこらえようとしたけれど。
涙はなかなか止まってくれなかった。


J:…………!
  ………………。〔ため息〕
  ……おまえの情動は…。
  俺には、理解しかねる。


…困らせてごめんね、ジャック…。


S:………。〔咳払い〕
  スペアがあることはわかった。
  でも、誰かが修理(リペア)しなきゃならないんだろ?


J:そうだ。腕を繋ぐためには胸部を開かなくてはなるまい。


S:で、それ、誰がやるわけ?


J:俺は、サイラスが適任者だと思う。


S:ええっ!僕!?
  …う、うーん、ジャックを直してやりたいのはやまやまだけど…。
  やったことないからなあ…。
  うーん…。弱ったね、こりゃ。
  ……………。


J:……………。


ジャックは叔父さまを見ていた。


S:……………。


私も叔父さまを見た。


S:……………。
  ……………。
  ……………。
  ……………。〔ため息〕
  まあ…仕方ないか。よし、引き受けよう。


主:叔父さま、私も手伝うわ。
  だって、ジャックは私の人形なんだもの。私が…。


J:いや。それよりも、ホブルディかジルの手を借りるのがいいだろう。


S:そう!それだよ、それ!
  人形のことは人形に助けてもらうべきだよな!うん。
  あー、ヨカッタ。正直、怖いと思ってたんだよね、ジャックを分解するの。
  僕は助手にまわるから、修理はどっちかに任せよう。うん、それがいい。
  ジャック、仲間がいてホントによかったなあ。


J:…………。


肩の荷が下りたのか、一気に明るくなった叔父さまに比べ、ジャックは微妙な顔だった。


…そうよね、どちらかに立ち会ってもらえるなら安心だ。
人形の器のことも私たちより詳しいだろうし。
私より、ずっと頼りになる。


修理は、器がただの人形に戻る休眠中に行うことに決め。
さっそく、私はルディのところへ行った。

 

〔マクファーレン邸〕
事情を話すと、


ホ:ジャックを助ける義理はないけど、君の頼みなら聞かないわけにはいかないな。
  可愛いお嬢さん。


ルディは、ジャックに対してちょっと意地悪な言い方をした。
でもそれも、彼なりの親愛の表し方なのかもしれない。


ルディの協力も取り付け、後はリペアの日を待つばかりとなった。

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

(2)

 

〔黒背景・ドアの開閉音〕
私はジャックを中に入れると、急いでドアを閉めた。


〔玄関・内側〕
主:急に雨が降り出して、びっくりしたわね。


J:ああ。


ジャックの両腕が抜けてから数日が過ぎていた。


腕を失くして以来、ジャックはお屋敷に閉じこもらざるをえなかった。
それは仕方のないことで、彼が不平を言うようなこともなかったのだけれど。
今日は私から声をかけて、ジャックを外に連れ出したのだった。


もっとも、外出と言っても人目につく場所に行くわけにはいかなかい。
だから私たちは、お屋敷近くの林を散策することにした。


林は思ったとおり人気もなく、秘密の散策にはぴったりだったし。
久々の外出はジャックの気分を少しは晴れさせてくれたように見えた。


誘ってよかった…そう思っていた矢先。


突然、雨が降り出した。


それでやむなく、私たちは急いでお屋敷に戻って来たのだった。


主:たいした降りじゃなかったけど、やっぱり濡れちゃったわね。


私は、ジャックのマントコートに手をかけた。


J:……俺のことは後だ。


主:え、でも。


腕のない今のジャックは、1人ではコートを脱ぐことも難しく、私が手を貸さなくてはならない。


J:まずはおまえが着替えてこい。
  人形の俺は、雨に濡れたところで風邪などひかんからな。


主:……うん…そうね、わかったわ。
  じゃ、ちょっとリビングで待ってて。


J:ああ。


〔暗転〕
私は急いで着替えると、タオルを持ってリビングに向かった。

 

〔リビング〕
主:お待たせ、ジャック。


J:…………。


私はマントコートを脱がせると、ソファにジャックを座らせた。
幸い濡れていたのはコートだけで、中まで雨は浸み込んでいない。
拭くのは、髪と顔だけでよさそうだった。


まず、眼鏡をはずす。


J:…………。


……………。
眼鏡をかけてないジャックって、ちょっと新鮮かも…。


J:……何だ。


主:えっ?
  …えっと、じゃあ、これから拭くから、しばらくじっとしててね。


私は慌てて眼鏡をテーブルに置くと、タオルを手に取った。


まず、彼の頬を濡らしている雫を拭き取る。
頬から、鼻、顎、額。ついで耳。
それから、髪へとタオルを移す。


J:…………。


ジャックは、私がするにまかせていた。


一通り拭き終わり、眼鏡をジャックの顔に戻す。


主:うん…髪もだいたい乾いたみたい。


私はジャックの髪に改めて触れた。


人形の中には人毛を使ったものもある。
だけど、しなやかで艶のある彼の髪は、それとは明らかに違う“生きた髪”だった。


J:………………。
  ……俺の髪がどうかしたか?


主:…えっ。
  あ…ジャックの髪って、本当に人間と変わらないなって思って。
  それに、肌だって弾力があってやわらかいし。
  ジャックを目覚めさせるために触ったときは、たしかもっと硬かったと思うんだけど…。


そう。あのとき触れたジャックの額は硬くて、とても皮膚と呼べるような感触ではなかったのだ。


J:疑似魂の宿っていない器には、動物のような柔軟性はない。
  疑似魂が宿っている間のみ、個別のパーツが一体化し、肉体のしなやかさが備わるのだ。
  ただ、接蝕後から休眠中にかけては、疑似魂が不安定になるために、器の柔軟性もパーツの一体化も失われるがな。
  それから、器が大きなダメージを受けたときも同様だ。


主:だから模造腱が切れたときに、腕がばらばらになったのね。


ダメージは外から受けるものに限らず、内部の故障も同じなのだろう。
そして、ばらけたジャックの腕は、肌の柔らかさを持たない“人形のパーツ”そのものだった。


J:皮膚に関して言えば、備わるのは柔軟性だけではない。
  粘膜が形成させることも大きな違いといえよう。


主:粘膜?


J:人間の唇から口腔にかけては、人体全身を覆う皮膚と違い、粘膜で覆われている。
  特に口腔内は粘液によって常に潤っているはずだ。
  精霊人形も、魂が宿っている間は同じ状態になる。


うーん…。
わかりやすく言うと、精霊人形も唾液があるってことなのかなあ?
おいしそうなものを見ると、よだれが出る…とか???
…食事しないのに???


J:よって、精霊人形の唇や口腔内の感触は人間と変わらないと言われている。


精霊人形の器って、見た目以上に人間に近いのね…。


でも、よく考えたら、器は“形”だけでなく、その“質”も人間に近くなくては、人間のような動きはできないのかもしれない。


J:ふっ…そうだな。
  特別に今日は、おまえにその感触を確かめさせてやろう。


ん?
「感触を確かめさせてやる」って…。


J:指で俺の唇に触れてみろ。
  唇だけでなく、なんならもっと奥まで触れてもかまわん。


………………………。


J:ああ、指だけでなくおまえの唇や舌で確かめてもいいぞ。
  人体のそういう部位は、指先以上に敏感だからな。より精霊人形の器について知ることが出来るだろう。


……………唇に唇で触れるって。
要するに。
それって。


えええッ!!?


J:遠慮することはない。
  さあ。


「さあ」って。
「さあ」って。
「さあ」って言われても☆!&!?▲(@_@;)▽※?★!!


S:………。〔咳払い〕


主:叔父さま!


S:ジャック。
  アズがいろいろ世話を焼いてくれるのに乗じて、そういうことを要求するのは感心できないね。


J:「要求」?
  俺は要求などしていない。提案をしたのだ。


S:………!
  僕には、提案を装った要求としか思えないな。


J:仮に要求であったとしてもだ。
  オーナーが人形にさまざまな要求するように、人形側がオーナーに何かを要求したところで、おまえに口を出される筋合いはない。
  それに応じるか否かはアストリッドが判断することだ。


S:…う…なんか論点がずれてるな。
  えーと、別に、僕は君がアズに要求をすること自体を批判してるわけじゃないよ。
  僕が言いたいのは、要求の内容についてだ。
  君は、今アストリッドに要求したことの中身を正しく理解してい…。


J:サイラス。


叔父さまの言葉を遮って、突然、ジャックは立ち上がった。


J:俺は、精霊人形とオーナーの関係について、おまえと議論するつもりはない。
  意見があるならば、アストリッドに述べるのだな。
  おまえと同じ人間であるアストリッドならば、おまえの考えを聞く価値があるかもしれん。
  ……もっとも、精霊人形のオーナーとなった経験もないおまえに、精霊人形の何がわかるのか大いに疑問だが。


〔ジャック退場〕


S:あ、おい、ジャック!


ジャックはこれ以上話すことはないとばかりに、叔父さまの呼びかけも無視してリビングを出て行ってしまった。


S:…………。〔ため息〕
  まったく。アズの善意につけこんで、いかがわしいことをしようというか、させようというか…そういうのは絶対許せないな!


……………。


S:だけど。


「だけど」?


S:あくまで“人形”なんだよなあ、彼は。
  人間の男があんなことを言いだしたら、セクハラ目的に決まってるけど。
  案外、純粋に文面通りなのかも…。うーん…。
  なあ、アズ。精霊人形にも、人間の男みたいな興味や欲求があるのかなあ?


…………………。
………それは。


……………わかりません…。

 


<翌日>


〔庭〕
私は庭に出ていた。


この季節、薔薇をはじめさまざまな花が咲き、樹木によっては実をつける。
花の美しさや果実の楽しみはもちろんだけれど、たとえ花も実もつけていなくても、草木は日々変化をしているのだ。
そこには小さいながらも毎日発見があり、それはこのお屋敷での、私のささやかな楽しみの1つになっていた。


だけど。
庭の草木に目をやりながらも、私の心を占めていたのはジャックだった。


修理の日は3日後に迫っていた。


ジャックには1日も早く声を取り戻して欲しかったけれど、修理そのものはやっぱり心配だった。
だって、人間でいうところの手術のようなものだもの。
分解して、直して、また組み立てなければならない。


叔父さまによると、精霊人形の器の仕組みそのものはビックリするくらい単純らしい。
それなのに人間のように動けるのは、精霊人形の素材が特別なものだからだそうだ。


特別な素材…それは、“始原の土”と呼ばれるものだ。
この土には2つの大きな特性がある。


1つは、魂を受け入れられる物質である、ということだ。
この土を材料に、神様はあらゆる生き物の身体をお創りになった。
そこへ、物質に生命というシステムを発動する“生へのスイッチ”とでもいうべき魂を宿らせ、命あるもの…つまり生物を誕生させたのだそうだ。


この精霊人形にまつわる書物による、人間…ひいては生命の誕生とでもいう物語の真偽のほどはわからない。
ただ、精霊人形が魂を宿せる唯一の物質である始原の土から作られていることは事実だった。


そして2つ目の特性は、“原型(オリジナル)への志向性”を潜在的に持っているということだった。
原型とは神様がお創りになった形のことだ。
魂が与えられたとき、土が持つこの志向性が発動される。
簡単に言うと、魂を得たとき、人間の形をした器は人間になろうとする、ということだ。
だから精霊人形にとって重要なのは、器が持つこの“原型への志向性”を発動させることだった。
もちろんある程度の機能性がなくては、人形は自ら動くことは出来ない。
だけど機械のような高度で厳密な装置は必要なく、魂が宿ったとき、器に“自分は人間である…すなわち、人間にならなくてはならない”と判断させることが最も重要なのだった。


その結果が、あの精緻な容貌とシンプルな内部構造なのだろう、と叔父さまは言った。


J:…………。


私は、庭先にジャックを見つけた。
ジャックは空を見上げていた。


今日は、雲の観察でもしているのかな…?


ジャックは、じっと空を見上げ続けている。
彼を見つめる私の視線に、ジャックはまるで気づいていないようだった。


一点を見つめ沈思黙考する彼は、複雑な頭脳の持ち主のように見え。
その一方で、心の欲するのままに行動する彼は、とても単純明快な思考回路の持ち主のようにも見えた。


私は、目をジャックから空へと移した。


彼が見上げている空を、私も見上げてみる。
空の色も、雲の形も、見慣れたいつもの光景。
……だけど。
同じものを見ていても、彼は私とはまったく違う何かを見ているような気がした。
彼がこの空に、何を見て、何を考えているかを尋ねたら、彼はその脳裏を私に教えてくれるだろうか…。


J:…俺に用か。


ジャックも私に気づいた。


主:ううん。ちょっとお庭の様子を見てるだけ。
  ジャックは何を


そう言いかけたときだった。


?:こーんにーちはー!


遠くから聞こえてきた聞き覚えのある声に、私は顔を向けた。


主:モニカ!


〔走る足音〕


M:こんにちは、アストリッド。遊びに来ちゃった。
  約束もしてなかったけど…よかったかな?


主:もちろん、大丈夫よ。


M:あ、ジャックさんもこんにちは。


J:……ああ。


M:………………。〔ジャックを見つめる〕


J:………………。〔モニカを見つめる〕


モニカ…すっごくジャックのことを見てる…。


ジャックとモニカを長く会わせておくのはよくないわ…。
もし、腕がないことを知られたら、とても説明がつかない。


主:あっ…えっと、ジャック。
  さっき叔父さまが裏庭でジャックをさがしてたわ。
  行ってあげて。


J:…?


ジャックは腑に落ちない顔をしていたけれど。


主:と…とにかく、いいから行って。ジャック。


私は、軽く彼のマントコートを引いて促した。


J:…ああ。


私の意図が伝わったらしく、ジャックはやっと動いてくれた。


〔ジャック退場〕


〔小さな物が落ちる音〕


M:?


モニカは地面から何かを拾い上げた。


M:ジャックさん。
  これ、落とされましたよ。


ジャックは振り返った。


モニカが手のひらに載せていたのは、精巧に作られたミニチュアのナイフだった。
サイズは、大振りのペンダントトップ…といったところだろうか。
アクセサリーみたいだけど……これ、ジャックの持ち物なの?


J:………。


ジャックは、振り向いたまま足を止めていた。


J:………。〔気まずい表情〕



そうだわ!


主:ありがとう、モニカ。
  これは私が預かっておくわ。


M:え…?


私は強引にモニカの手からそれを取ると、自分のポケットにしまった。


……ちょっと、不自然だったかな。
でも、とにかくジャックは受け取ることができないのだ。
不審に思われてもかまってはいられなかった。


主:さあ、ジャック、早く叔父さまのところへ。


私はジャックに目配せした。


J:あ…ああ。


〔ジャック退場〕


主:さ、モニカ。お屋敷に行きましょう。


私は、まだジャックの背中を見ていたモニカを促した。

 

〔玄関〕
M:今日は突然来ちゃってごめんなさい。


主:大丈夫よ。いつでも遊びに来てね。


そう言いながらも。
ジャックにはできるだけ会わせたくない…。
そんな気持ちが、私の笑顔に水を差した。


M:あのね、アストリッド。
  私、今日改めて思ったんだけど。


主:何?


M:あの人…亡霊みたいね。


主:…あの人って、ジャックのこと?


M:……どうしてかな。
  あの人、この世の人じゃないような気がする…。


主:!!


M:今日はとっても楽しかったわ。
  じゃ、またね。


〔モニカ退場・ドアの開閉音〕


私はモニカがドアの向こうに消えた後も、しばらくその場に佇んでいた。


「あの人…亡霊みたいね」


私はモニカの言葉を胸で繰り返しながら、ドアに背を向けた。


J:……………。


主:ジャック!


いつから…。


もしかして、モニカを見送っていた…?


J:あの娘は、俺が普通の人間とは違うということを感じているようだ。


主:…そうね。


J:ほとんどの人間は、精霊人形と人間を区別することはできない。
  しかし、ごくまれに、その違いを見分ける者がいる。
  おそらくあの娘は、その特殊な能力を持つ者なのだろう。
  …面白いな。


主:……………。
  ……ジャック。
  面白がっていないで、正体がばれないように、ちゃんと気を付けてね。
  モニカのことをそう思うなら、なおさら気を付けてくれなきゃ困るわ…!


J:……………。
  ……アストリッド、怒っているのか?


主:えっ。


J:おまえの機嫌が悪いなど、珍しいこともあるものだ。
  しかし、おまえは何に腹を立てているのだ?


主:私…、別に怒ってなんか…いないわよ…。
  ただ私は、心配をしてるだけ。そう、それだけよ。
  ……………。


それだけ言うと私は、ジャックの前から足早に立ち去った。

 

〔アストリッドの部屋〕
「怒ってなんかいない」
…なんて、ジャックには言ったけど。本当は。
嘘。


私は怒っていた。
ジャックが言ったように。


モニカは。
きっと特別な女の子だ。


間違いなくモニカは、ジャックが人間ではないことを感じ取っている。


私にはできないことだ。
ほとんどの人間がそうであるように。


ジャックは、モニカを“面白い”と言った。
それはつまり、ジャックはモニカに興味があるということだ。


そう思ったとき、胸にすごく嫌な感じが込み上げてきて。
私は普通にしゃべれなくなってしまった。


モニカに嫉妬していることも自己嫌悪だったけれど。
そのことを見透かされて、ジャックにあんな態度をとってしまったことも、今となれば悔やまれた。


私は、大きくため息をついた。


息と一緒に、嫌な気分も吐き出せたらいいのに。


そう思ったけれど。
もやもやとした気分は出て行ってくれず、しばらく私の胸にわだかまった。

 


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

(3)

〔リビング〕
今日はいよいよ修理の日だ。
ルディはもうやって来ていたし、接蝕も済ませてあった。
ジャックは今、地下室で眠っている。


主:ねえ、叔父さま。
  私、修理のお手伝いは出来なくても、ジャックに付き添っていたいんだけど…。


S:んっ?ああ…。
  実はさ、ジャックに頼まれてることがあってね。


主:?


S:接蝕を終えたら、自分が目を覚ますまでアズを地下室に入れるなってさ。


主:え…どうして?
  どうして私はダメなの?


S:うーん。
  まあ、病人の頼みだからさ、あれこれ言わずに聞き入れてやってくれないかな。


主:……………。


そうね…ジャックがそう望むなら。
でも私は少し、悲しい気持ちになった。
私、ジャックに信用されていないのかな…。
私はジャックのオーナーなのに。


主:…わかりました。じゃあ、私はここで修理が終わるのを待ちます。
  ルディ、叔父さま。どうかジャックをお願いします。


H:ま、なんだかんだ言ったって、ジャックとは長い付き合いだからね。
  引き受けた以上はちゃんとやらせてもらうよ。


主:…………。


H:……ねえ、お嬢さん。
  そんな心配そうな顔、やめてくれないかな。
  君がそんな顔をしてると、僕まで悲しい気分になってしまうよ。
  やること自体はそんなに難しくないんだから。ね?


ルディはそう言って微笑んでくれた。
その笑顔につられて、私も少しだけ笑顔になる。


S:…だそうだ。じゃ、行ってくるよ。


〔ルディ・サイラス退場・ドアの開閉音〕


私は1人、リビングで待っていた。


神様、どうか無事に修理が終わりますように…。
ジャックの腕が戻りますように…。


………………。


1時間ほどが過ぎた頃だろうか。


〔ドアの開閉音〕


H:待たせちゃったね。でも、無事終わったよ。


主:ジャックは直ったの?


H:うん、問題ないと思うよ。
  後は、休眠から覚めるのを待つだけだよ。


主:…よかった。


H:ただ、今回は器に手を入れたから、普段より目覚めるのが遅れるかもしれないけど。


主:…わかったわ。
  ルディもお疲れさま。今日は本当にありがとう。


H:どういたしまして。


主:…ねえ、ルディ。
  私、信用ないのかな。
  修理の手伝いも、付き添うこともダメだなんて。
  私はジャックのオーナーなのに。


H:んー………。
  僕が思うに、そういうことじゃないよ。たぶん。


主:?


H:ジャックが君の立ち会いを嫌がったのは、君をオーナーとして信頼してないせいじゃなくて、分解されて、ただのパーツになった姿を君に見られたくなかったからじゃないかな。
  ……ふふっ。ジャックも、格好つけることあるんだね。
  彼はそういう感性を持ち合わせてないタイプだと思ってたから、ちょっと意外だったなあ。
  さすがのジャックも、君みたいな可愛い女の子がオーナーだと、無頓着なばかりじゃいられないってことなのかな?


そう言ってルディは笑った。


H:あ、そうだ。
  さっきから気になってたんだけど…。


主:?


H:君のポケットに、何か入ってない?


言われて、私は自分のポケットをさぐった。


…そういえば。
ジャックに返すのを忘れてたけど…。


私は、先日ジャックが落としたアクセサリーらしきものをルディにわたした。


H:ああ、これ。
  やっぱりね。


主:?


H:君はこれ、なんだと思う?


主:…アクセサリー…かな?


ナイフを模したアクセサリー。
サイズ的にはペンダントトップだろうか。


H:ふふっ。一見そう見えるけど。
  実はこれ、本物のナイフなんだよ。


主:え?
  たしかにナイフの形をしてるけど…。
  どう見たってミニチュアだわ。


H:でも、こうすると…。


そう言うと、ルディはそのミニチュアを軽く握った。


するとルディの指の隙間から、一瞬目もくらむような強い光がもれ。


光が収まったときには、ルディの手には一振りのナイフが握られていた。


それは形こそアクセサリーのときと同じだったけれど、ナイフとしての役割を果たすのに十分な大きさを持っていた。


主:…!!


私は思わず息を呑んだ。


H:ほらね?
  なかなか面白いだろ?


主:…どういうこと…?


今さっきまでそれは、ミニチュアでしかなかったのに。


H:ざっくりいうと、僕たち精霊人形が持つ“精霊の力”ってとこかな。
  まあ、これ自体が、始原の土から作られてるからこそだけど。


そう言ってルディは、ナイフを閃かせた。


始原の土は、魂…つまり霊を宿すことができる。
だから精霊の力にも反応する…というところなのだろうか…。


H:さてと、これは元に戻しておこう。


ルディがナイフを軽く握り直すと、それは再び光を放ち。
光が収まったときには、ルディの手のひらで元のサイズに戻っていた。


H:はい。


ルディは私にそれを返した。


私は、手のひらに載せられた小さなナイフに再び目を落とした。


こんなミニチュアが、本物のナイフに変わるなんて…。


私は精霊人形の神秘を、改めて見せつけられた気分だった。


H:……ところでさ、アストリッド。


と、急にルディは少し真面目な顔になった。


H:君は、精霊人形って人間より優れていると思わない?


主:え?


H:精霊人形は、みんな美しく作られていて、精霊の力を操れるし、睡眠も食事も必要ない。
  しかも年を取らないし、人間よりずっと長い時間を生きることができる。
  だけどね、アストリッド。そんな精霊人形も決して不死身じゃない。
  君は、精霊人形の人格や記憶…、いわゆる心はどこに宿ってると思ってる?


主:精霊人形の心…?
  人間なら頭よね…。
  あ、それとも魂…かな?


私は精霊人形と出会うまで、魂を現実のものとしては信じていなかった。
でも、今は違う。
魂は実在する。精霊人形にも、人間にも。


H:正解は、擬似魂ではなく、器の方だよ。
  魂は、物質に命を与える装置の1つに過ぎないからね。
  もう少し詳しく言うと、心は器の首から上の外殻に宿っているんだ。
  だから、手足や内部パーツなら取り換えがきくけれど、首から上、頭部が大きく破損すれば、その人形の心も失われてしまう。
  つまりは精霊人形の死だよ。


「精霊人形も死ぬ」


初めて聞く話だった。
もしも“擬似魂”…すなわち魂という神秘的なものが心そのものなら、精霊人形の命は永遠たりえるのかもしれない。
でも、器にこそ心があるのなら。
いつかは死を迎えるということは必然なのだろう。
だって、形あるものはいつか必ず壊れるのだから。


H:精霊人形も、いつかは死ぬんだ。人間と同じように。
  ……ううん、多少の復元力があるとはいえ、治癒力を持たず、血の繋がりもなく、人間を頼らなくては生きられない人形は、ある意味、人間以上に脆いんだ。
  だから、君の人形を大切にしてもらえると、同じ精霊人形として僕もうれしいな。


主:…はい。


私はルディの言葉を心に刻んだ。


H:………。
  あーあ、なんか柄にもないこと言っちゃったな。
  ジャックみたいなデリカシーのかけらもない人形、雑に使ってちょうどいいくらいなのに。


主:ふふっ。


ルディの言い方に、私はつい笑ってしまった。
……ありがとう、ルディ。


H:さてと。僕はこれで失礼するよ。
  またこの間みたいに遊びに来て欲しいな。
  今度はジャック抜きで。
  …じゃあね、心やさしいお嬢さん。

 

〔夜・リビング〕
私は時計を見た。
いつもならとっくにベッドに入っている時間だ。


S:…ああ、もうこんな時間か。
  アズはジャックが目を覚ますまで起きてるつもりなんだろ?


私は頷いた。


S:僕は先に休むよ。
  じゃ、おやすみ。


主:おやすみなさい。叔父さま。


〔サイラス退場・ドアの開閉音〕


1人になった私は、窓の外に目をやった。


あの日、もしも雨が降らなかったら。


私はあの荷物を開けなかった。


そしてジャックは、叔父さまの人形として目覚めただろう。


………不思議ね。


あの日、雨が降って…荷物を開けて…私はジャックのオーナーになった。


ジャックは目覚めたとき、彼のオーナーになった私にこう言ったわ。


「……まあ、いいだろう」って。


あの日からそれなりに時間は経ったけど。
今、私は、彼の目にどんなふうに映っているのだろう…。


〔ドアの開閉音〕


J:まだ起きていたのか、アストリッド。


主:ジャック!


私は立ち上がった。
そして、ジャックの腕に目をやる。


主:腕、戻ったのね!?


J:ああ。


短くそう答えたジャックは手袋をはずすと、私に見せるように、手を握って開いた。


J:見ろ。この通りだ。
  それに。


と、ふいに。
その手は、私に向かって伸ばされ。
私の頬を包んだ。


J:こうして触れば、おまえの肌のぬくもりも、その柔らかさもわかる。
  すべて元通りだ。


主:…………。


J:……!
  おまえはまた泣いているのか。


主:…だって。
  …本当によかった…って。


J:…………。〔困惑顔〕
  人間は肉体の痛みだけでなく、感情の昂りによっても泣くものだということは知っているが…。


主:……ごめんなさい。
  でもね、ジャック。
  この間は悲しくて涙が出たけど、今はうれしくて泣いてるんだから…心配しないで。


J:……………。
  しかし、どんな理由であれ、おまえが泣いていると…俺は落ち着かない気分になる。
  だが、逆に笑っているときは…。


私が笑っているときは?


J:……………。


ジャックは何か考え込んでいるようだった。


J:アストリッド。
  俺に笑って見せろ。


主:え?


J:できないか?


私は首を横に振った。


私は涙をふくと、笑顔を作った。


J:………?
  …なんだ。それで笑っているつもりなのか?


…………。
うまく笑顔ができてないのね、私。


J:いつものおまえの笑顔は、もっとこう…。
  ……………。〔ため息〕
  非常に説明しがたいが…とにかくそういう顔ではないということだけは間違いない。


ジャック…。


J:……………。
  しかしまあ…そんな顔でも泣き顔よりはよっぽどいい。
  それに、その珍妙な顔もよく見ると、なかなかどうして面白味がある。


「珍妙な顔」って…。
私、よっぱどひどい顔してるのね。
そう思ったら、私はなんだか可笑しくなった。


J:…………。
  やっと笑ったな、アストリッド。


主:ジャック…。


J:さあ、俺が直ったことはもう十分確認が取れただろう。
  おまえの笑った顔が見れて俺も満足だ。
  もう夜も遅い。早く休め。いいな。


私は頷いた。

 

 

 ◆第5章