第2章:精霊人形がいる日常

(1)

〔リビング〕
早朝、私は落ち着かない気持ちでリビングのソファに座っていた。


〔ドアの開閉音〕


主:!


ドアの開く音を聞いた私は、あわてて玄関に向かった。


〔玄関〕
?:…………。


主:ジャック!!


“ジャック”
それが漆黒の人形の名前だった。


主:えっと…その…お帰りなさい。


J:……ああ。


主:ねえ、ジャック。今までどこに行っていたの?


ジャックは、昨夜一晩帰らなかった。
どこへ行くとも告げずに出かけた彼が心配で、今まで一睡もせず私は彼の帰りを待っていたのだった。


J:……その辺だ。


〔ジャック退場〕


悪びれもせずそれだけ答えると、ジャックは私の前から立ち去った。


S:マイペースなのは結構だけど、無断外泊はやめて欲しいね。


そう言って叔父さまは、軽く肩をすくめた。


ジャックが目覚めてから、今日で3日目だ。
彼と一緒に暮らし始めて思ったのは、彼は私たちにあまり関心がないのではないかということだった。
もしそうだとしても、同じ家に暮らしているんだもの。
もう少し親しくできたらいいのにな…。


S:なーんか、ジャックって、僕がイメージしてたのと違うんだよなあ。
  何て言うのかな、彼は自分の関心事が最優先ってとこが人形らしくないよね。
  しかも、興味がないことにはまるっきり無頓着だし。
  僕は人形って、良きにつけ悪しきにつけ、もっと自分がないものだと思ってた。
  人形はオーナーに服従するって話だけど、あのマイペースぶりを見ると疑いたくなるよ。


それは私も同感だった。


別に、ジャックを家来にしたいわけじゃない。
でも、まったく私の意見に耳を貸してくれないとしたら、それは心配だった。


私はジャックのオーナーなのだ。
万が一にも、ジャックが人を傷つけたりするようなことがあっては困る。


もちろん、ジャックがそんなことをするなんて思ってない。


でも。
「人形は人間にとって素晴らしいだけのものじゃなかった」
叔父さまの言葉を、私は忘れてはならなかった。


S:でもまあ、僕らに敵意があるわけじゃなさそうだし。
  あのマイペースも彼の個性といえば個性なんだろ?
  そう思えば、本当に人間みたいなヤツだよな、ジャックは。


そう言って叔父さまは笑った。


〔庭〕
私は、お庭を散策していた。


カントリーハウスほどではないにしろ、かなりの大きさであるこのお屋敷の庭は、それに見合っただけの広さがあり。
ある程度の手入れはされていたけれど、あまり様式的でないこともあって、わりあい自然のままの雰囲気を持っていた。


J:…………。


あ、ジャック。


J:……………。


ジャックは地面のある一点を見つめていた。
彼の視線の先には、素朴な白い花の群れ。
シロツメクサだ。


主:ねえ、ジャック。ジャックはシロツメクサが好きなの?


J:…?


ジャックはじろりと私を見た。


あれ?私、何かヘンなこと言ったかな?


主:あんまりじっと見つめてるから…好きなのかなって思ったんだけど。


J:俺が見ているのはシロツメクサではない。
  これだ。


そう言うとジャックは、葉陰から何かをつまみ出し、私の目の前に持ってきた。


主:きゃっ!


私は思わず悲鳴を上げた。


ジャックが私の目の前に持ってきたもの。
それは芋虫だった。


J:這う以外、能のないこんなものの中に、蝶へと変化する仕組みが詰まっているのだ。
  面白いものだ。


主:……………。
  …そ、そうね。
  もうわかったから、それ、元に戻して。


J:こんなに面白いものなのに、おまえは興味をそそられないのか。


ジャックはさらにそれを私の鼻先に持ってきて、私は思わず後ずさった。


主:そのっ…私は、どっちかって言ったら虫は苦手で…。


J:そうなのか?
  俺はてっきりおまえは虫に興味があるのだと思ったのだが。


言いながらジャックは芋虫をシロツメクサに戻した。


主:え?どうして?


J:おまえのシャツの襟に、同じ芋虫が乗っている。


主:えっ!?うそっ!


私はそれを振り落とそうとあわてて首を振った。
でも、首回りは近すぎて自分ではどうなったのかわからない。
それに、できるだけ触りたくない…!


主:や…やだっ!
  ジャック、取って!


J:………。


ジャックは無言で私に手を伸ばすと。
いきなりブラウスの胸元を引き裂いた。


主:きゃあっ!?


うそっ!?


動転する私をよそに、ジャックは私の開いた胸元から芋虫をつまんで捨てた。
どうやら私が首を振った拍子に、それは私のブラウスの中に落ちたようだった。


J:この虫は毒もない。
  何故そんなに大騒ぎするか理解しかねるな。


〔ジャック退場〕


そう言うと、ジャックは行ってしまった。


主:…………。


芋虫がブラウスの中に入ったこともあわてたけれど。
それ以上に、ジャックにブラウスを破られたことの方がショックだった。
たしかに「取って」と頼んだのは私だけど。
あんな乱暴なことをしなくても…。


主:………はあ…。


私はため息をつくと、ブラウスの胸元を掻き合わせ、弾け飛んだボタンを拾った。


ひどい恰好。
こんなところ叔父さまに見られたら、余計な心配されちゃうわ。


ジャックはただ芋虫を取ろうとしただけなんだろうけど…。
この先、彼とうまくやっていけるのかな…?


私は一抹の不安を感じずにいられなかった。


 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

(2)

<一週間後>
〔リビング〕
ジャックと暮らすようになって1週間。


ジャックの態度は相変わらずだったけれど、このお屋敷にジャックがいること…それがごく当たり前に感じられるようになっていた。


〔呼び鈴〕


あ、お客様。


私は玄関に向かった。


〔暗転〕
………………。

 

〔暗転明け・リビング〕
玄関で1通の手紙を受け取った私は、リビングに戻っていた。


受け取ったときすでに確認していたけれど、表に書かれた名前を改めて読み返す。


“アストリッド・エイミス嬢”


私の名前だ。
裏返して、こちらも再び名前を確認する。


“グロリア・マクファーレン”


 この手紙を届けたのは、伯爵家であるマクファーレン家に仕える従僕(フットマン)だった。

彼はそこのご令嬢から、この手紙を私に届けるよう言いつかってここに来たのだった。


でも私は、この伯爵令嬢…グロリア様と面識はおろか、名前さえ知らない。
それなのにどうして手紙を…。


不思議に思いながらも、私は封を切って手紙を読みだした。


主:…………。


内容はお茶会への招待だった。
でも、問題はそれではなく、そのお茶会に集まるメンバーだった。


グロリア様は、私と同じく精霊人形のオーナーだという。
新しい精霊人形が目覚め、私の人形となったとことを知ったグロリア様は、ぜひ1度私たちに会ってみたいとお考えになって、このお茶会を催したとのことだった。
しかもこのお茶会には、他に2組の精霊人形とオーナーを招待している、と書かれていた。
つまりこのお茶会では、私たちを含めて4体の人形と、4人のオーナーが一堂に会する、ということになる。


〔ドアの開閉音・ジャック登場〕


主:あ、ジャック。
  ねえ、これを読んで。


私は招待状を彼に手渡した。


J:…………。


一通り読み終えたジャックは。


J:だから、何なのだ?


主:何って…その。
  …………。


ジャックは、招待状の意味をどう理解しているのだろう?


主:私たち、伯爵家のご令嬢からお茶会に招待されたのよ。
  だから。


J:俺に同行しろということか。


主:…………。


私は返事に窮した。


もちろん、一緒に出席して欲しい。
でも、だからといってジャックに無理強いをするつもりはない。
それなのに、“命令”のように受け取られるのは、少し悲しかった。


J:ふん…興味はないが…。
  …まあ、いいだろう。
  おまえが俺にそれを望むなら、拒否する理由もない。


そう答えたジャックは私に招待状を返し、リビングを出ようとした。


主:待って、ジャック。


J:何だ。


主:私、ジャックの他に、精霊人形が3体もあったなんて知らなかったわ。
  もしかして、ジャックのお友達なの?


J:友達…?
  ……………。
  とりあえず、知り合いではあるな。


ジャックがこのお屋敷で眠っていたように、他の精霊人形がどこかに存在していても不思議はない。
そして、精霊人形同士、顔見知りであることも十分ありうることだった。


お茶会は今日から3日後だった。

 

<3日後>
〔マクファーレン邸・外観〕
主:すごいお屋敷ね、ジャック。


グロリア様のお屋敷、マクファーレン邸に私は圧倒されていた。
叔父さまのお屋敷も、私が両親と暮らしていた家と比べたらすごいお屋敷だと思ったけれど、グロリア様のお屋敷はそのはるかに上をいっていた。
お庭の広さ、お屋敷の大きさ。何もかもが、庶民のそれとは比べるべくもなかった。


やっぱり、伯爵様のお屋敷はまるで格が違う…。
私、こんな場所に来ちゃって大丈夫かな…。
ジャックは一緒だけど、本当は叔父さまにも来て欲しかったな。


このお茶会のことを知ったとき、叔父さまは自分も行きたいと言った。
3体もの精霊人形に会えるのだ。誰だってきっとそう思う。
でも、招待を受けていない叔父さまが出席出来るわけはなく、叔父さまはお留守番ということになった。


J:……………。


気後れしている私をよそに、ジャックはさっさと行ってしまった。


主:あ、待って。


私はジャックの後を追った。

 

〔薔薇園〕
お屋敷に入ると、私たちは執事と思しき男性によって薔薇園に案内された。


一面薔薇で埋め尽くされた美しい庭には、すでに招待客らしき人たちが集っていたけれど。
私はなんとなく身の置き場に困っていた。


伯爵家のお茶会なんて初めてだし。
ジャック以外は、知らない人だし。
新しい精霊人形に会えるのはすごく楽しみだけど、その前にまず恥ずかしくない振る舞いが出来なきゃ…!
そう思っていたときだった。


?:ようこそ、お嬢さん。


背後からかけられた明るい声に、私は振り返った。


?:今日のこの日を心待ちにしておりました。〔にっこり〕


そこには、まるでおとぎ話に出てくる王子様そのもののような、美しい青年が満面の笑顔で立っていた。
彼のその笑顔はまるで辺りにきらきらとした光を撒き散らすように輝き、私はただ呆然と彼に見入ってしまっていた。


?:ああ、お嬢さん。自己紹介がまだでしたね。
  僕はグロリア・マクファーレンの精霊人形、ホブルディと申します。
  どうぞ以後、お見知りおきを。


そう言うと彼は、私の指先に軽く口づけた。
ただの社交辞令とわかっていても、こういう“挨拶”にはついドキドキしてしまう。


主:こちらこそよろしくお願いします、ホブルディさん。
  私は…。


ホブルディ(以下H):ああ、アストリッド嬢。皆までおっしゃらなくて結構です。
  このたび、我が同朋が貴女様によって深き眠りより目覚めたとの知らせを受けた際、失礼ながらその身辺を調べさせていただきました。
  その無礼を今、ここでお詫び申し上げます。


そう言いながら、彼はうやうやしく頭を下げた。


主:いえ…お詫びだなんて。
  このようなお茶会に招待していただき、とても光栄に思っています。


H:ふふっ。貴女様のような可憐なレディに、そのように喜んでいただけるのでしたら、僕もこの屋敷に仕える者の1人として心からうれしく思います。
  ただ…。


主:?


H:どうぞ、僕のことはルディとお呼びください。
  それから、僕たち人形に敬語は必要ありません。
  たとえどのような立場の人間に仕えていようと、僕たち精霊人形は皆、人間の僕。
  人間であられる貴女様に、敬われるような身分ではありませんから。


主:でも…。


と、言いかけたとき、私にある考えが浮かんだ。


主:だったら、ルディも私に敬語を使うのをやめて。
  私もなんだか落ち着かないわ。


H:…ああ、なんてお心が広い。
  人ならざる卑しい僕たちに、人と分け隔てなく接してくださるとおっしゃるのですね?
  なんと情け深く、尊いお考えでしょう。


大きく頷いているルディに、私はちょっと困った。
私はただ、お人形さんたちともっと親しくなりたい、そう思っただけなのだ。
そんなに褒め称えられるほどのことを言ったつもりはないんだけど…。


H:ただ、今日僕は皆様をもてなす側ですから、そのへんは適宜使い分けさせていただくということでよろしいですか、お嬢さん。


主:もちろんけっこうよ。
  私もそのようにさせていただくわ。


私もルディにつられて、気取った口調になっていた。


H・主:…ふふっ。


私とルディは、お互い顔を見合わせて笑った。


なんて人懐こい笑顔だろう。
こんな笑顔を向けられたら、誰だってつい笑顔になってしまう。


H:おっと、僕はまだ準備があるんだった。
  じゃ、また後でね、お嬢さん。


〔ホブルディ退場〕


過剰なほど丁重な物腰から一転、ルディは軽やかにそう言って微笑むと足早に向こうへ行ってしまった。


ホブルディ…なんてきらびやかなお人形だろう…。


彼が立ち去った後も、私はまだルディのきらきらした余韻に浸っていた。


と、そのとき。


?:ふーん……おまえが新しいオーナーか。


どこか不遜な気配が感じられる声が、私に向かって投げられた。


?:……………。〔主人公を見ている〕


見上げた視線の先にあったのは、アイスブルーの瞳。
澄んだ青い瞳が、私をじっと見下ろしていた。


…なんて綺麗な瞳だろう…。


その瞳に宿る、涼しげな淡いブルーは。
遥か頭上に広がる空の色にも、小さくとも強い輝きを放つアクアマリンの色にも似ていた。


?:……おまえ、年はいくつだ?


主:え?


唐突な問いかけに、私は思わず疑問の声を上げていた。


?:おまえ、耳が遠いのか?
  それともこんな簡単な質問も理解出来ないほど頭が悪いのか?


私に向けられた彼の言葉は、思いがけなく辛辣なものだった。


………………。
…ちょっと聞き直しただけなのに…。


そんなに怒らせるようなことを言ったのかと私は戸惑い、そして不機嫌を隠そうともしないこの人を少し怖いと思った。


主:えっと…17歳…です。


?:ふん、ちゃんと聞こえてたじゃねえか。ならさっさと答えろ。
  ………しかし、17にしちゃあガキっぽいな。


うっ…。
ひそかに私が気にしていることを…。
私はいつも実際の年齢より幼く見られる。
それって、ようするに大人の女性…レディにはまだ程遠いってことよね。
レディには及ばなくても、せめて年相応に見られたい…。


?:でもまあ、そう思って見りゃあ…。


ふいに、それまで疎ましげだった彼の目が、からかうようなものに変わった。


?:出るところは一丁前に出っ張ってるみたいだな。


……え?
…ええッ!?


〔?退場〕


それだけ言うと、彼はもう私に興味はなくなったとばかりに行ってしまった。


今、なんだかすごく恥かしいことを言われたような…。
……………。
…あ、あんまり追究して考えないようにしよう…うん。


あ。
そういえば、彼の名前も聞かなかったけど。
彼はたぶん人形…よね。


燃え上がるような緋色の髪と、冷たく輝くアクアマリンの瞳。
相反する色彩に彩られた彼は、非の打ちどころなく美しかった。


社交辞令などどこ吹く風、といったその言動よりも、それが彼を人形だと思った最大の理由だった。


正直、項のネジを除けば、見た目だけで精霊人形と人間を区別することは難しい。
強いて言うなら、容姿があまりに完璧すぎることが不自然と言えなくもない…という程度のものだ。
でも、だからこそ精霊人形は、人間に紛れて日常生活を送ることが出来るのだけれど。


?:やれやれ。彼には困ったものだね。


落ち着いたやわらかい声。
たおやかなその声が聞こえた辺りに、私は顔を向けた。


?:お嬢さん、今の無礼を彼に代わって私がお詫びするよ。〔微笑んでいる〕


主:…………。


顔を向けて、私はそっと息を呑んだ。
“麗人”とは、きっとこういう人のことをいうのだ。
その人は、一瞬言葉を失うほど美しく、艶やかだった。


?:彼はウィル。
  ワイルダー家の人形だよ。


その美しい人はさっきの彼について教えてくれた。


?:彼はあれで情に厚く、心根の真っ直ぐな人形なのだが…それを素直に表すことがどうも苦手なようでね。
  困ったことに、誰に対してもあのような態度なのだよ。
  だから先程の君に対する無礼な言葉も、あまり深刻に受け止めないで欲しい。


話を聞きながら、私は知らずしらずのうちにうっとりとこの美しい人に見とれていた。
そしてその声から、私はこの艶やかな人が女性ではなく男性なのだということを知った。


……ああ、この美しさの前では、男とか女とか関係ないわね…。


私は何だか夢見心地だった。


?:そうだ、自己紹介がまだだったね。
  私はヴィクター・レドモンドの精霊人形、ジル。
  どうぞ、よろしく。


主:わ…私は、アストリッド・エイミス…ともうすま△※☆&


…………………。
噛んだ…。


ジル(以下G):ふふっ。お嬢さん、ずいぶん可愛らしい自己紹介だね。
       よかったらもう一度、君の名前を聞かせてもらえるかな。


私の言い損ないを「可愛らしい」と言った彼は、いっそうやさしい微笑みを浮かべ、さりげなく私にやり直す機会を与えてくれた。


そう…気を取り直して、最初から…。


主:…アストリッド・エイミスと申します。
  ジルさん、今日はお目にかかれて光栄です…。


……よかった。今度は噛まなかったわ…。
最初の挨拶でしくじるなんて、ちょっと自己嫌悪…。


G:「アストリッド」…美しい名前だね。
  どうぞこれからよろしく、アストリッド嬢。


主:こちらこそよろしくお願いします。
  ジルさん。


G:ふふっ。アストリッド。
  敬意を表してくれる心はありがたいが、私たち人形に敬語はいらないよ。
  ……ところでお嬢さん。
  慣れない場所で緊張するのはわかるが、今日は君たちが主役なのだから、もう少しリラックスしたほうがいいね。

 

そう言うとジルは、傍らに咲いていた、淡いピンクの薔薇を1輪摘み取って、私に持たせた。

 

G:その薔薇は特に香りが素晴しい品種でね。
  ちょっと嗅いでごらん。


ジルに勧められるまま、私はその薔薇の匂いを嗅いだ。


甘く、鮮烈な香り。


もう1度、今度はもっと深く吸い込んだ。


華やかで清々しいその香りは、私の内側を濯いで、薔薇色に染め上げるようだった。


G:どう?気に入ってもらえたかな?


主:ええ。
  とってもいい香り…。


私がそう答えると


G:そう、その笑顔。私が見たかったのはその顔だよ。
  可愛いお嬢さん、今日は1日、その愛らしい笑顔で過ごして欲しい。


そう言って、彼は本当にうれしそうに微笑んだ。


咲き乱れる薔薇の花。立ち上る薔薇の匂い。
そして、薔薇の化身のようなジル。


私は、薔薇に酔ったような気分だった。


と、ふいに黒い手袋が、私の薔薇を取り上げた。


J:…………。


主:ジャック。


ジャックはしばらく薔薇をためつすがめつしていたけれど。


J:ふん。何の変哲もないただの薔薇だ。


そう言うと、私の薔薇を茂みに捨ててしまった。


主:ちょっ…ジャック!


私は思わずジルを見た。


主:あの…ごめんなさい。


せっかくジルがくれたのに…。


G:ふふっ。君が謝ることはないよ、お嬢さん。
  どうやら、彼は薔薇の美しさには興味がないようだね。


そう言ってジルは、苦笑した。


H:皆様。大変お待たせいたしました。
  準備も整いましたので、さあこちらへ。


私たちはルディの案内で席に着いた。

 

〔街〕
J:……………。


お茶会は2時間ほどでお開きとなり、今、私はジャックと2人家路についていた。


私はまだふわふわした気分のまま、あの時間を思い返していた。


〔暗転〕
ホブルディ。金色の人形。
彼のオーナーは、お茶会の主催者、伯爵令嬢であらせられるグロリア様だった。
20代前半といった年頃のグロリア様は、隣に並ぶルディに何一つ見劣りするところがないほどに美しい方で。
しかもその立ち居振る舞いは優雅さに溢れ、その上、初対面の私にもおやさしかった。
ああいう女性を本物の貴婦人というのね。
私もいつか、あんな素敵なレディになれる日がくるのかな。


そしてウィル。緋色の人形。
彼のオーナーは、このお茶会に出席していなかった。
ウィルによると、体調がすぐれなかったためにやむなく欠席したとのことだった。
ただ、それ以上ウィルが自分のオーナーについて語ることはなく、結局彼のオーナーがどんな人物なのか、私はまったく知ることが出来なかった。
今日は会えなくてとても残念だったけど…きっと、そのうち会えるわよね…。


そしてジル。薔薇色の人形。
彼のオーナーは、ヴィクター・レドモンドさんだった。
見るからに紳士然とされていたレドモンドさんは、グロリア様やアーヴィン様と違って貴族ではなかったけれど、ジェントリと呼ばれる貴族に次ぐ階級に属する方だった。
ご商売で大変成功された方らしい。
レドモンドさんは最低限の自己紹介をされた後はほぼ無言だった。
こういう社交の場はあまりお好きではないのかもしれない。


新しい3体の精霊人形とそのオーナー。
ああ。これからも今日みたいに皆で一緒に過ごすことが出来たら、本当にうれしい…!


そう思っていたとき。
ふいにジャックは足を止めた。


主:…ジャック?


ジャックの視線の先に、私も目をやる。


?:……………。


そこには美しい青年が立っていた。
端整な顔立ち。銀色の長い髪。ルビーを思わせる真紅の瞳。


…真紅の瞳?まさか…!?


?:久しぶりだな。ジャック。


ジャックの知り合いということは、やっぱり彼も人形…ということ?


J:…………。
  俺の凍結が解除されたのをあいつらに知らせたのはイグニス、おまえだな。


「凍結」…?魂が入っていない、いわばただの人形のときのこと…よね。
ということは、「凍結が解除される」とは、人形を目覚めさせることね…きっと。


イグニス(以下I):そうだ。それも私の仕事のうちだからな。
     しかし、それよりもだ。


イグニス…そう呼ばれた、おそらく5体目の精霊人形は私を見た。


I:おまえがジャックの新しいオーナーか。


主:…はい。


イグニスはじっくりと私を見た。
今日はいったい何度目だろう。こうして人形の視線にさらされるのは。


I:この娘がオーナーの座についたのなら…。


私が、オーナーの座についたのなら?


I:人形たちの運命が動き出すかも知れんな。


J:……!


〔イグニス退場〕
そう言い残し、イグニスは私たちの前から立ち去った。


イグニス。銀色の人形。
彼のその姿は、この夏の季節にあってなお、真冬の夜空に浮かぶ月を思わせた。
冴え冴えと美しく……そして冷たかった。
そして、彼の去り際の言葉。
あれは…。


主:…ジャック、彼も人形なんでしょう?


J:そうだ。


主:ねえ、“人形の運命が動き出す”って…どういうこと?


J:………………。
  ……イグニスの考えなど、俺に聞いたところでわかるまい。
  しかし、今日はおまえに付き合って過ごしたが、無益な会話ばかりで有意義な時間とは言い難かったな。


主:……………。


ジャックは、お友達との再会にも、そのオーナーたちにもあまり興味を引かれなかったみたい。
私はとてもわくわくしたし、楽しかったんだけどな…。


感じ方の違いを少し残念に思いながら、私はすでに歩き出していたジャックの後に続いた。

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

(3)

 

〔キッチン〕
J:…………。


夕食の後片付けを、私はジャックとしていた。
ジャックが食器を洗い、私がクロスで拭く。


これまで、叔父さまがいる間の家事はデイビスさんが請け負ってくれていた。
だけど、ジャックの正体を知られることを心配した叔父さまは、しばらくは家の中に人を入れないことにした。


私もそれには賛成だった。
もしもジャックの正体が世間に知れたら…きっとこんな風にのんびり暮らすことは出来ない。


でも、実のところ家事はかなりの労働だ。
家政婦さんに入ってもらえないとなると、雑事すべてを自分たちでやらなくてはならない。
もちろん、私はそのつもりだった。
寮生活となった今はあまり必要がなくなってしまったけれど、お爺さまの元に身を寄せる前はお母さんに習いながら私も一緒に家事をしていたのだ。
だから一通りのことは身についている。
叔父さまに家事をやってもらうつもりはなかった。
叔父さまはお仕事で忙しいんだもの。この上、家のことまでなんてさせられない。
ごく日常的なことくらい私1人で何とかやれるわ。
そう思っていたのだけれど。


叔父さまはジャックに家事を手伝ったらどうかと言った。
もちろん、人手を増やすことが1番の理由だったろうと思う。
でもそれだけではなく、叔父さまはジャックをお飾り人形のようにただ遊ばせておくのは惜しいという気持ちがあって提案したようだった。


私は、ジャックにそんなことを提案したところで、彼が引き受けてくれるなんてとても思えなかった。
ところが、意外なことにジャックは拍子抜けなほどあっさりと承諾してくれた。
なんでも、以前から家事には興味があったのだそうだ。


…………………。
彼の興味の対象は、脈絡がなさ過ぎてよくわからない…。


理由はさておき、とにかく彼が叔父さまの提案を素直に受け入れてくれて、私は内心ほっとしていたのだけれど。


私は数日前に起こった、ちょっとした“事件”を思い出していた。


〔回想・リビング〕
午後のお茶の時間。
私と叔父さまの前には、それぞれパンケーキが置かれていた。


主:とってもおいしそうね、ジャック。


このパンケーキはジャックが1人で焼いたものだ。
「おいしそう」と言ったのはお世辞ではなく、パンケーキはきれいなきつね色に焼き上がっていた。


J:ふっ…食ってみるがいい。


S:お、自信満々だね。
  見たところ、なかなかおいしそうに焼けてるじゃないか。
  さて、さっそくごちそうになろうかな。


主:いただきます。


私は、ナイフで切り取ったパンケーキを口に運んだ。


……………。
……………?
…………???


甘い。…だけじゃないわね…。
…あんまり食べたことのない味がする…。
なんていうのか…砂ぼこりみたいな…粉薬にも似ているような…。


私は、それとなく叔父さまの顔を見た。


S:……………。〔眉間に皺〕


………やっぱり。


せっかくジャックが初めて作ってくれたパンケーキだもの。
「おいしい」って言いたいけど。
……これは…。


と、とにかく、何か言うのは、もう一口食べてみてから…。


そう思って、もう1度パンケーキにナイフを入れたとき。


S:アズ、ちょっと待った。


叔父さまの言葉に、私は黙ってナイフとフォークを置いた。


叔父さまもすでにカトラリーを置いている。


J:……?
  何故、2人とも食おうとしないのだ。


S:ジャック。
  このパンケーキには何が入ってるのかな?


J:小麦粉。


うん。


J:卵。


うん。


J:牛乳。


うん。


J:ベーキングパウダー。


うん。


J:砂糖。


うん。


J:それからチョーク。以上だ。


チョーク!?


S:…チョークって、板書するときに使う白い棒のことかい?


J:そうだ。
  ありきたりな材料だけでなく、何か新しい食材を取り入れようと思ってな。


S:……………。
  ジャック、チョークは食材ではないね。


J:だからこそ面白味があるのではないか。


………………。
面白いかつまらないかで食材を選ばないで欲しい…。
…なんてことより。


主:叔父さま、チョークって食べても大丈夫なの?


一口だけだけど、もうお腹に入れちゃったんだけど…どっ、どうしよう…!


S:えーと、チョークの成分は石膏だろ?
  だったら、よっぽどたくさん食べなきゃ大丈夫じゃないかな。


J:そうだ。石膏…硫酸カルシウムは、解熱や止瀉剤として使われる。
  薬にもなるものなのだ。
  その上、声が美しくなる効果もあると聞いた。


石膏のお薬としての効果については知らないけど。
チョークで声がきれいになるのは、オオカミが子ヤギたちをだますために食べたときだけだと思う…。


S:ああ、そういうものは、熱が出たときやお腹を壊したときに適量飲むべきものだね。
  それに声がきれいになるのは、昔話の中だけだろうし。
  少なくとも、パンケーキに入れるものじゃないと思うよ。


主:そうね…チョークは食べ物じゃないから、もしおいしかったとしても、これ以上食べるわけにはいかないわね…。


J:“もしうまかったとしても”?
  つまり、このパンケーキはまずいと言うことか?


S:ま、率直に言えばそうだね。


J:アストリッド。おまえはどうなのだ?


主:…………………。
  えーと、その…またぜひ食べたいって味じゃなかったかな…。
  ……………。


せっかくジャックが作ってくれたものを悪く言いたくない。
でも、だからといって嘘をつくわけにも…。


J:………………。〔無表情〕


主:もちろん、ジャックが作ってくれたことはうれしく思うわ。
  だから、今度はチョーク抜きで作ってくれれば…。


J:……極めて不評なのだな。
  俺のパンケーキは。〔無表情〕


…………………。
……表情からは、怒っているのか、落ち込んでいるのか、わからないけど。
せっかく作ったお菓子を「まずい」と言われて、ご機嫌なわけはないよね。


J:わかった。
  今後パンケーキにチョークを配合するのはやめよう。


…ぜひそうしてください。


J:俺としても、他の粉類となじむよう、チョークを粉末状に砕くのはなかなか骨が折れたからな。
  これから毎日作るように命じられても面倒だとは思っていたのだ。


………そう。
じゃあ、お互いよかったわね。


J:しかし。
  ならば、また新しい食材の開発が必要だな。


!!!


S:ジャック、君は当分、オリジナルレシピは禁止だ。
  平凡でありきたりなパンケーキ、おおいに結構。
  僕らはパンケーキにスリルもサスペンスも求めてないんでね。


J:…………。


ジャックは、少し不服そうだったけれど。
私たちが口にしない料理を作っても意味がない…という結論に至ったらしく、結局はレシピに忠実に作ることを承諾してくれた。


〔回想明け〕
そんなことを思い出しながら、私はお皿を拭き続けた。
そして、最後の1枚に取りかかろうとしたとき。


J:………。〔咳払い〕
  アストリッド。


一足先に仕事を終えたジャックが話かけてきた。


J:念のために確認しておくが…今日が何の日か忘れていないだろうな。


主:大丈夫よ。今日は“接蝕日”ね。


接蝕日。
それは、オーナーが自分の魂を精霊人形に提供する日。
“魂の提供”…それは精霊人形を生かし続けるために必要不可欠な行為だった。


精霊人形は、器に擬似魂が宿ることで生を得ている。
擬似魂とは、人間が人形に命を与えるために作り出した人工的な魂だ。
生き物に宿っていない霊体…精霊から作られているという。


でも擬似魂は、人間が持つ本物の魂に比べ不完全で、擬似魂単独では器に宿り続けることが出来ない。
そのため宿り続ける定着力とでもいうべき力を、擬似魂は人間の魂からわけてもらう必要があった。


人形は、自分の擬似魂をオーナーに移し、オーナーの魂から定着力を取り込む。
そうして再び定着力を得た擬似魂を器に戻らせて、人形は生命を保つ。
この行為を“接蝕(せっしょく)”と言う。


接蝕は、生き物が持つ生理的欲求…例えば、食欲とか、睡眠欲とか、そういうものを持たない精霊人形が唯一持つ、身体的欲求だった。
そして接蝕の相手はオーナーに限られた。
自分を目覚めさせた人間でなくては、人形は擬似魂を移動させることが出来ない。


そしてこの定着力は一定時間を過ぎると低下してしまうため、接蝕は定期的に行う必要があった。
周期は2週間。
もし接蝕を怠れば、擬似魂は器から流出して、精霊人形は凍結状態…つまり、ただの人形に戻ってしまう。
そのため精霊人形とオーナーにとって、接蝕は何より大切な行為だった。


ジャックは今日、その“接蝕日”を迎えていた。


主:接蝕の要領は、ジャックを目覚めさせたときと同じでいいの?


J:ああ、そうだ。


私は、すべてのお皿を拭き終えていた。
これからこのお皿を食器棚に戻さなくちゃならないんだけど…。


主:じゃあ、そろそろ始めたほうがいい?


J:…俺はそうしてもらいたい。


ジャックはいつも正直だ。
はっきり意思表示することに、彼は遠慮もためらいもなかった。


だけど、今のジャックはそんな普段の態度とだいぶ違っていた。
どこか心細げ…とでもいうのだろうか。
もしかして、今日が接蝕日のせい?


私は叔父さまの話を思い出した。
ジャックが目覚めてから、叔父さまはより本腰を入れて精霊人形について調べていた。


精霊人形は擬似魂の定着力が弱まってくるにつれて、精神も不安定になるのだそうだ。
“精霊人形はオーナーに服従する”
この記述は、特にこの時期の人形のことを指しているらしい。
人形の、この精神不安定状態は霊体の不安定化によるものだ。
だから、通常霊体が不安定になることがない人間には感じることが出来ない感覚なのだそうだ。
簡単に言うと、精神の安定を欠いた人形は自我が極度に弱まり、結果、自分の生命の拠り所であるオーナーに服従せざるをえなくなる…そういうことらしかった。
裏返せば、霊体が安定している普段の人形は人間と変わらない精神状態であるから、オーナーに従わなくても不思議はない、ということでもあった。


主:じゃあ、始めましょう。
  えっと、場所は…、ジャックのお部屋でいい?


J:ああ。


そう答えたジャックの顔に、ほのかに安堵の色が浮かんだ。
……ジャックのこんな表情を見るの、初めてかも。

 

〔ジャックの部屋〕
J:………………。〔浮かない顔〕


このお屋敷には使っていない部屋がいくつもあった。
もともと叔父さま1人で暮らすには広すぎるお屋敷なのだ。
叔父さまは留守がちなこともあって必要最低限の部屋しか使っておらず、ほとんどの部屋は手つかずになっていて。
その空き部屋の一室を、ジャックは自室用としてあてがわれていた。


〔ドアの開閉音〕


S:いよいよ始めるんだって?


J:オーナーでもないおまえが、何の用だ。


不愉快そうにジャックはそう言った。
ジャックは普段、ほとんど喜怒哀楽を見せないのに…。


主:叔父さまも見学したいんですって。…ダメ?


J:………………。
  ……おまえの頼みなら、断るわけにはいくまい…。


少し嫌そうなのは気になったけど、とりあえず許してもらえたみたい。


主:じゃ、始めましょう。


J:………ああ。


そう答えると、ジャックは私の前で体を屈め、立て膝をした。
床に片膝をつけた彼の目線は、私のつま先にあった。
その伏せた目に、私は初めて“人形の従順”をジャックに見たような気がした。


J:……………。


差し出された額に、私は左手のひらを置いた。


しっとりとやわらかい、人間そのもののような肌。


だけどそこに体温はなく、その体が人間の肉体とは異質であることを示していた。


その事実を改めて噛み締めながら、私は瞼を閉じた。


〔暗転〕
心を静めて、意識をジャックに向ける。


ジャック…私はここよ…。


私はジャックに呼びかけた。


ジャック…。


ジャック…。


…………。


……。


と、間もなく。
奇妙な感覚が私を襲った。


“乾く”とでもいうのだろうか。
冬、乾燥で手や唇がひび割れることがある。
あれが内側で起こっているような…。
苦痛…と言うほどではなかったけれど、どちらかと言えば不快な感覚だった。


どのくらいそうしていただろう。
その感覚が収まったところで、私は目を開けた。


〔暗転明け〕
J:……………。〔無表情〕


ジャックは目線こそ私の顔のあたりに向けていたけれど、姿勢は片膝をついたままだった。


主:ジャック…?


声に出して呼びかけてみる。


J:……………。


主:ジャック?


もう1度呼びかけたけれど、返事はおろか、ジャックは微動だにしなかった。


S:終わったんじゃないかな?


主:そ、そうね。ジャックが言ってた通りだもの。


私はジャックの額から手を離した。


接蝕を終えた精霊人形は、霊体の安定のためしばらく休眠状態になる。
これは人間でいうところの、いわば睡眠のようなものだった。
ただ、人間の睡眠と違って、休眠中の人形は、呼びかけたり、叩いたり、それこそ何をしても目を覚まさないらしい。
つまり、今、ジャックは“ただの人形”なのだった。


私は改めてジャックを見た。


J:………………。〔無表情〕


相変わらず美しかった。棺を開けたその日のままに。


でも、いかに美しくとも。
今、この人形に生命の痕跡は感じられなかった。


硬直した体。結ばれたきりの唇。そして、開いているのに何も見ていない目。
人形然とした彼は、部屋を飾る静物の1つとなって私の足元に膝をついていた。


“生きている”ジャックを知っている今の私にとって。
すべてが停止したこのジャックは“眠っている”というよりも“死んでいる”ように見えた。


“朽ちることない死体”…それが精霊人形という器の本性ではないだろうか。
その“死体”に、一時生命が宿る。人間によって、かりそめの命が。


私はこれからこの人形をどうしていったらいいのだろう。


正直、不安だった。
ジャックを生かし続けることが、ではない。
いつも無表情なジャックは、なにを考えているのかわからないところがあるけれど、私たち人間に敵意がないことは一緒に暮らしてわかったから。


私が不安に感じたのは。
漠然としすぎていて、うまく言葉に出来ないのだけれど…。
しいて言うなら“精霊人形という存在そのもの”だろうか。


…………でも。
それと同時に。


私は、自分の心がこの精霊人形というものに、強く惹きつけられていることを感じずにはいられなかった。

 

 

第3章