第3章:精霊人形という身上

(1)

〔街〕

私は1人、街を散策していた。

 

お店やオフィスが立ち並ぶこの通りを行き交う人は多く、街はにぎわっていたけれど。

散策にふさわしいのどかな空気もどこかしら漂っていた。

 

叔父さまのお屋敷に来たのが4年ぶりなら、この街を歩くのも4年ぶりということになる。

 

おぼろげな記憶と目に映る景色を照らし合わせながら、私は足の向くままに歩き続けた。

 

そんな中、シロップの入った瓶と果物を並べた露店が私の目にとまった。

 

……ちょっと、喉が渇いたな…。

 

私はそこで、レモネードを買った。

 

店先に並べられた椅子にかけ、私はレモネードを飲みながら通りをながめていた。

 

足早な人、立ち止まっておしゃべりしている人、重そうな荷物を抱えた人。

子供たちは笑い声を立てながら駆け回り、馬車が走り抜けて行った。

 

主:!

 

私は人波の中に、際立って美しい横顔を見つけた。

 

H:…………。

 

それはルディだった。

 

H:!〔主人公と目が合う〕

 

と、ルディも私に気づき、こちらへ駆け寄ってきた。

 

H:お嬢さん、こんなところで会うなんて奇遇だね。ご機嫌いかが?

 

ルディは、先日お屋敷にやって来たときと同じように、きらきらした笑顔で私に挨拶した。

 

主:こんにちは、ルディ。

 

H:ところで、君、今、1人なの?

 

主:ええ。ルディは?

 

H:僕もそうなんだ。

  あ、隣、いい?

 

主:ええ。

 

ルディは椅子に腰かけた。

 

主:ねえ、ルディ。

  ルディのオーナーのグロリア様ってどんな方なの?

  伯爵家のご令嬢だって聞いたけど。

 

同じ精霊人形のオーナーとはいえ、伯爵家のお姫様ではお目通りもかなわないかもしれない。

だけど、いったいどんな方なのか、話の上だけでも詳しく知りたいと私は強く思っていた。

 

H:ああ、イグニスから聞いた?

  そうだね。

  見目麗しき伯爵令嬢。

  数多の美姫集う社交界においても、一際美しく咲き誇るマクファーレン家の名花。

  その美しさに並ぶ者なく、昼は輝く太陽、夜はきらめく星の如し。

  なんて言われてるけど。

  …でも、本当はくだらない女だよ、グロリアは。

 

………え?

 

私は耳を疑った。

今ルディは、自分のオーナーのことを「くだらない女」って言ったように聞こえたけど…。

 

H:グロリアってさ、恋愛で大失敗してるんだよね。

 

「恋愛で大失敗」?

 

H:1年ぐらい前の話なんだけど、グロリアには婚約者がいたんだ。

  だけど、いよいよ結婚ってなったときに、この話は破綻しちゃったんだよね。

 

主:破綻って…どうして?

  ご婚約までされていたんでしょう?

 

H:破綻の理由は、彼に姫より大切な女性(ひと)が出来たからなんだ。

  哀れ姫は、自分より身分の低いジェントリに娘に負けて、婚約は解消されちゃったってわけ。

  まあ、伯爵令嬢なんて、ステータスはあっても恋愛相手としては気位ばっかり高くて、つまんないのかもね。

  もうプライド、ズタズタ~って感じ?

  あれからもうずいぶん経つっていうのに、まだそれを引きずってて、今はほとんど引きこもり状態。

  生身の男なんてもうこりごり。それより、お人形さん相手の方がよっぽどいいわ。

  だって、お人形は私に逆らわないもの。

 

………!

 

H:…そーいうの、僕、鬱陶しいんだよね。

  人前では淑女を装ってても、心の中、ドロドロのぐちゃぐちゃでさ、あー、もう、うんざりって感じ。

 

………ルディ。

 

H:ま、そうは思っても。

  僕たち人形はオーナーの機嫌取るのが仕事みたいなものだから、グロリアの前では“よい人形”を演じてるけど。〔にっこり〕

 

主:……………。

 

そう語るルディに、私は返す言葉がなかった。

 

………私は。

人形とオーナーは、深く信頼しあっているものだと思っていた。

でもそれは、そうであって欲しいという私の願望に過ぎなかったのかもしれない。

 

よく考えれば、私だってホリーとそんな関係が築けているといえるだろうか?

 

ホリーは従順で、私に心から尽くしてくれているし、きっと、私のことをとても信頼してくれているだろう。

 

だけど。

私はどうなのだろうか?

 

叔父さまは以前、ホリーのことを、“まだ人間のようには信用していない”と言っていた。

 

精霊人形は、かつて彼らを作り出した人間自身の手によって廃棄されたのだそうだ。

 

当時の人々がなぜ精霊人形を捨てたのかはわからないけれど。

その事実は、精霊人形が人間にとって素晴しいだけのものではなかったことを示しているのではないか…叔父さまはそうも言っていた。

 

………ホリーは大好きだし、信じてもいる。

だけど。

私にとって“精霊人形”は、まだ謎に包まれた存在だ。

だから精霊人形であるホリーを、信じ過ぎてはいけない…。

 

そんな風に考えている私が、ルディとグロリア様の関係に口を出す資格はないのかもしれない。

 

でも…。

 

主:ルディ。グロリア様は、心からその人を愛していらっしゃったのよ。

  だからこそ、傷も深かったんだと思うわ。

  恋に苦しむグロリア様のお姿は、ルディには無様に見えたかもしれないけど…。

  でも、苦しんでいる人を嘲るようなことは言って欲しくない。

 

H:……ふーん…。

  君はやさしいね、あんなくだらない女の肩を持つんだから。

  それはやっぱりグロリアが君と同じ人間だから?

 

え?

 

H:そのやさしさを、人形の僕にもわけて欲しいな。

 

そういうとルディは私の肩を抱き寄せた。

 

主:!!

 

サファイアのような瞳が、やさしく微笑む。

 

今さっきまで、傷ついた女性を嘲笑っていたとは思えない無垢な微笑み。

 

主:…………!

 

私は混乱していた。

ルディはどういうつもりなの…!?

 

そのとき。

一台の馬車が私たちの前で止まった。

 

H:姫。

 

私の肩にまわした手をはずし、ルディは立ち上がった。

 

馬車には美しい女性が乗っていた。

 

姫?

じゃあ、この方が伯爵令嬢グロリア様?

 

グロリア(以下Gl):ルディ。こんなところで何をしているのかしら?

         あなたには、いくつか用事を言いつけておいたはずだけど。

 

H:申し訳ありません。姫がそのようにお急ぎとは存じ上げなかったもので。

  これから至急致します。

  じゃ、またね。

 

ルディは簡単に別れの挨拶をすると、馬車に乗り込もうとした。

そのとき。

 

Gl:あなた、お名前は?

 

突然、グロリア様は私に話しかけてきた。

 

主:あっ…はいっ。

  アストリッド・エイミスと申します。

 

Gl:あなた、ルディがお人形だということ、ご存知なのかしら?

 

主・H:!

 

いきなり核心を衝いたグロリア様の言葉に、私は驚きを隠せなかった。

 

Gl:ふふっ。あなた、とても正直ね。…可愛らしいこと。

  もしかして、あなたも精霊人形のオーナーなのかしら?

 

主:…はい。

 

グロリア様は精霊人形のオーナーなんだもの。

隠し立てする必要はない…はずよね。

 

Gl:そう。最近、ルディに落ち着きがないと思ったら、そういうことだったのね。

  眠っていた精霊人形が目覚める…それは同じ精霊人形にとって、大きな出来事でしょうし、そのオーナーは最大の関心事でしょう。

  ルディがあなたに興味を持つのも、もっともなことだわ。

  ねえ、あなたもいらっしゃい。私もあなたに興味があるわ。

 

そうおっしゃって、グロリア様は私を見た。

 

Gl:…………。〔微笑んでいる〕

 

優雅な微笑み。

 

でも。

なぜだろう。

その笑顔が威圧的に感じるのは。

 

H:姫はこれから、面会の予定があったのではありませんか?

 

Gl:そんなものはキャンセルよ。

  さあ、こちらへいらっしゃい。

 

主:…………。

 

私に、お誘いを断る理由はなかった。

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

(2)

〔マクファーレン邸・応接間〕

“薔薇色の間”とでも名付けたいような、ピンクを帯びた淡い紫色でまとめられた応接室に、私は通されていた。

 

重厚さよりも女性好みの繊細さと華やかさで飾られたこの部屋は、お屋敷の正式な接客の場所ではなく、グロリア様専用の応接間なのかもしれない。

 

お屋敷にやって来る道すがら。

グロリア様に尋ねられて、それに答える形で私は自分のことについて話していた。

 

ただ、御者さんを気にされていたのだろうか。

最初、声をかけられたときこそ、グロリア様はとても明確に精霊人形について口にされたけれど。

以後は、直接的な聞き方をされなかったし、私もグロリア様に倣ってそれとなく答えをぼやけさせていた。

 

私の話を微笑みながら聞いていらっしゃるグロリア様は、とてもやさしく、優雅だった。

 

初対面の私に対して、気さくに接してくださっていながら、なお気品に満ちていらっしゃるのは、きっとグロリア様が本物の貴婦人というものだからだろう…。

 

そう深く感嘆しながらも。

私は未だ緊張を緩められずにいた。

 

Gl:……………。

 

グロリア様は私の正面に座っていた。

 

H:……………。

 

ルディは、グロリア様の脇に控えていた。

 

Gl:ねえ、アストリッド。

  あなたは精霊人形のことをどう思っているのかしら?

 

…………?

 

「精霊人形をどう思っている」?

 

“どう”って……。

 

私は、ホリーを思い浮かべた。

 

家事をするホリー。

 

お菓子を焦がして、泣き出しそうなホリー。

 

意地でも私に家事をさせまいとするホリー。

 

褒められると、恥かしそうにするホリー。

 

接蝕日の不調を隠しきれないホリー。

 

ただの人形のホリー。

 

………………。

 

“人形をどう思っている?”

 

どう、答えたらいいのだろう…。

 

私にとってホリーは…。

 

私はホリーを…。

 

主:……………。

 

Gl:答えられないかしら?

 

グロリア様は、答えあぐねている私にしびれを切らしたのだろうか。

私より先に口を開いた。

 

Gl:じゃあ、私が教えてあげるわ。

 

……?

 

Gl:精霊人形はね、人間の奴隷よ。

 

主:…!?

 

H:……………。

 

Gl:私たち人間をはじめ、命あるものはすべて神様がお創りになったものよ。

  犬・猫・馬・鳥・魚……虫や植物にいたるまで。

  つまり、すべての生き物は、神様によって生命を与えられているという点においては平等だわ。

  でも、人形は違う。

  人形は、その器も、魂も、人間が人間のために作ったものよ。

  だから彼らは、家畜や虫けら以下。彼らに生命の尊さなんて認められない。

  生まれながらの奴隷なのよ、人形は。

  ねえ、そうでしょう、ルディ。

 

H:……はい。〔暗い表情〕

 

主:…………!

 

“人形は人間の奴隷”

 

何て…。

 

何て、嫌な言葉だろう。

 

……………。

 

…………………。

 

…グロリア様は。

 

グロリア様は、伯爵令嬢で…、私よりずっと大人で…、お美しくて…。

 

……でも。

 

主:グロリア様。私は…違うと思います。

  私は、人形を人間の奴隷だなんて思いません。

 

Gl:あら…そう?

  でも、人形は奴隷にできるのよ、オーナーなら。

  身の回りの雑事なんてありきたりなことはもちろん、苛立つ日は理由もなく打ったってかまわない。

  それに、恋人代わりに使うことだってできるわ。

 

主:……!

 

グロリア様は、失恋の傷をルディで埋めようとしていたのだろうか…。

でも、ルディは…。

 

私は悲しくなった。

グロリア様にも、ルディにも。

 

主:…グロリア様。私は、人形を奴隷にしたいなんて思っていません。

  人形を奴隷にしても…私は…私は少しもうれしくなんかありません。

 

H:…!

 

Gl:…………。〔冷たい視線〕

  あなた、いい子なのね。

  苦労も知らず、ぬくぬくと育ったのでしょう。

  そうね…17歳…まだ、本物の恋も知らない子供ですものね。

  そういう“いい子”って、私…。

  嫌いよ。

 

主:……!

 

Gl:ルディ。この子を殺しなさい。

 

H:えっ?

 

Gl:この子を、殺しなさい。

 

主:!?

 

H:姫、おっしゃっている意味がわかりませんが…。

 

Gl:言葉通りの意味よ。

  この子を、今、この場で殺しなさい。

 

ルディは私を見た。

私もルディを見た。

 

私たちは目で通じ合った。

“グロリア様は、本気だ”

 

H:姫、そのようなこと…できるわけがありません。

  彼女が何をしたと言うのですか!?

 

Gl:気に入らない、ただそれだけよ。

  ルディ、私の命令が聞けないの?

  私はあなたのオーナーなのよ!?

 

H:…………。

 

ルディは困惑しきっていた。

 

私は…私はどうしたらいいの?

ルディがグロリア様の命令に従うなら…私は、ルディに殺されてしまう!?

 

H:…………………。

  ………姫。

 

ルディが、苦しげに口を開いた。

 

H:姫、僕にはできません。理由もなく人の命を奪うなど…。

  どうか…、どうかそれだけはお許し下さい。

 

Gl:ルディ、私の命令に逆らうのね。

  人形の分際で。

 

H:いえ…そのようなつもりは…。ただ…。

 

Gl:どう取り繕おうが、そういうことでしょう?

 

H:ああ…姫…。

 

ルディはこれ以上、グロリア様のお怒りを静める言葉が思いつかなかったのだろう。

彼は深いため息をついた。

 

Gl:………まあ、いいわ。

  どうしてもできないと言うのなら、今の命令は取り消してあげる。

 

H:…ありがとうございます。

 

ルディは安堵の表情を浮かべた。

 

…とりあえず、安心して…いいのかな。

 

Gl:でもルディ。

  あなたには、私に背いた罰を受けてもらうわ。

 

H:!

 

え?

「罰」?

 

Gl:いいわね。

 

H:……承知しました。僕は姫の命令に背いたのです。

  それくらいは当然の報いと思って…お受けします。

 

「承知する」って…そんな…。

ルディは悪くないのに…!

 

Gl:アストリッド。

 

主:は…はい。

 

突然自分の名前を呼ばれ、私はドキッとした。

 

Gl:……どうしたのかしら、私…気分がすぐれないの。

  …………。〔ため息〕

  さっきから…ずっと気分が…。

  …だから…もう引き取って頂戴…。

 

〔暗転〕

私は、グロリア様のお屋敷を出た。

 

 

〔暗転明け・街〕

家路をたどりながら、私はさっきの出来事を思い返していた。

 

グロリア様…どうして突然、あんな無茶なことをおっしゃったの…?

私、そんなにグロリア様の反感を買うようなことをしたのかな…。

「人形は人間の奴隷じゃない」なんて、グロリア様のお考えを否定するようなことを言ったから?

それとも、街でルディに肩を抱かれていたから?嫉妬ってこと?

 

どちらにしても、殺されるほどの理由ではないような気がした。

 

それともグロリア様が最後におっしゃったように、ご気分がすぐれなかったせい?

ご気分がすぐれなくて…普段は口にされないような嫌なことをおっしゃった…。

 

………………。

 

考えたところでわからなかった。

 

でも、それ以上に気になることがあった。

グロリア様はルディに罰を与えると言った。

グロリア様は、ルディに何をするつもりなんだろう…。

 

 

〔屋敷・リビング〕

I・Hl:……………。

 

S:それは酷い話だな。

 

私は、今日の出来事を叔父さまとホリーとイグニスに話した。

 

S:そもそも命令の意味がわからないよ。いきなり人を殺せだなんて。

  そりゃあ困っただろう、人形の彼も。

 

主:ええ。ルディが拒否してくれたから事なきを得たんだけど…。

  でも、グロリア様も本気じゃなかったと思うの。

  だって、結局は命令を取り消されたんだもの。

 

S:仮に冗談だったとしても、ちょっと許しがたい冗談だな、それは。

 

主:……………。

 

S:そういうヒステリックなオーナーだと、人形も苦労するよね。

  なあ、ホリー?

 

Hl:………………。

 

ホリーは終始無言だった。そしてイグニスも。

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

(3)

〔黒背景〕

身支度を整えた私は、部屋を出て玄関に向かった。

 

 

〔廊下〕

I:アストリッド。

 

あ、イグニス。

 

I:出かけるつもりか?

 

主:ええ。

 

I:ホブルディのところか。

 

私は頷いた。

 

主:グロリア様はルディに罰を与えるっておっしゃったわ。

  私、昨日からずっと気がかりで…。

  たぶん私が心配するほどのことはないって思うわ。でも…。

 

I:…………。

  私も同行しよう。

 

え?

 

I:行くぞ。

 

〔イグニス退場〕

 

イグニスは玄関に向かい、私も彼の後を追った。

 

 

〔マクファーレン邸・外観〕

…とにかく来てしまった。

だけどよく考えたら、ルディに会わせてもらえるのだろうか?

と、思ったのだけれど。

特に問題なく取り次いでもらえた。

 

〔黒背景〕

私たちは昨日と同じ部屋のドア前まで、執事らしき男性によって案内された。

彼はこの部屋でグロリア様を待つようにと言うと、私たちを室内まで通すことなく行ってしまった。

 

彼の対応に少し素っ気なさを感じながらも、言われた通り私はグロリア様を待つべくドアを開けた。

 

〔ドアの開閉音〕

 

〔応接間〕

 

H:……………。〔無表情〕

 

主:ルディ!

 

部屋では、ルディが1人立っていた。

 

主:ルディ、昨日はごめんなさい。

  私のせいであんなことに…。

 

H:……………。〔無視〕

 

主:…ルディ?

 

ルディの様子がおかしい。

いつもなら輝くような笑顔を見せてくれるのに、今日はこちらを見ようともしない。

 

主:ルディ、どうしちゃったの?

  ねえ、私の声、聞こえてる?

 

ルディは耳が聞こえていないようだった。

それに、目も見えていない…?

………もしかして、今、ルディは休眠中なの?

だったらこの状態もわかるけど…。

 

〔ドアの開閉音〕

 

Gl:いらっしゃい。毎日足を運んでもらえてうれしいわ。

  ……ところで、彼があなたの人形なのかしら。

 

そう言って、グロリア様はイグニスに視線を向けた。

 

……! そうだわ。

私、まだグロリア様に、自分の人形が女の子だってこともはっきり伝えてなかった…。

 

主:えっと、それは…。

 

I:そうだ。

 

イグニスは私の言葉をさえぎるように、きっぱりと答えた。

 

…?

イグニス、どうして嘘を?

 

そう言えば、叔父さまがイグニスのオーナーについて尋ねたとき、教えてくれなかった。

イグニスは、自分のオーナーを誰にも秘密にしておきたいのだろうか?

私をオーナーと言っておけば、グロリア様もそれ以上詮索しないと考えているのかもしれない。

 

………理由はともかく。

とりあえず、今はイグニスに話を合わせた方がいいよね…。

 

主:突然うかがって申し訳ありません。

  あの…グロリア様、ルディは

 

Gl:昨日はごめんなさいね。

 

私が話し終わらないうちに、グロリア様はしゃべり出した。

 

Gl:ほんの冗談のつもりだったのよ。

  でも…あなたを本気で困らせてしまったみたい。

  本当にそんなつもりじゃなかったのよ。どうか許してね。

 

グロリア様はそう言って私に微笑みかけた。

グロリア様の微笑。ルディの無表情。

私は、何を信じたらいいのだろう?

 

グロリア様は私に席をすすめ、自分も腰かけた。

イグニスは私の脇に立った。

 

Gl:……それはそれとして。

  私は今、罰を与えているのよ。

  私の命令に背いた人形にね。

 

主:罰…?

 

Gl:ルディ、これから針仕事をするわ。準備をしなさい。

 

H:……はい。

 

ルディはかすかな声で短い返事をすると、戸棚に向かっていった。

 

休眠中ではなかったのだ、ルディは。

 

でも、その足取りはどこかぎこちなかった。

 

主:グロリア様、ルディはどうしてしまったのですか?

  いつもと様子が違うようですが…。

 

Gl:さっきも言ったでしょう?ルディに罰を与えていると。

  …ああ、あなたはまだ知らないのね、人形の扱い方を。

  じゃあ、教えてあげるわ。

  オーナーは知っておかなくてはいけないことよ。

  もっとも、人形は知られたくないことでしょうけど。

 

I:……。

 

Gl:彼を目覚めさせるとき、項のネジを締めたでしょう?

  そのことでもわかるように、あのネジは魂の固定に関与しているネジなの。

  奥まで締めなくては魂を定着できないし、ネジを抜けば魂も抜ける。

  つまり強制的に凍結することも、あのネジ1つで可能なのよ。

 

たしかにホリーを目覚めさせるとき、ネジを締めたけれど。

あのネジを抜くことで精霊人形を…ホリーを凍結できるなんて知らなかった。

 

Gl:そしてネジを半開きの状態にすると、霊体が不安定になってああなるのよ。

 

言ってグロリア様は、視線をルディに向けた。

 

H:…………。

 

胸に裁縫箱を抱えたルディの足取りは、硬く、ぎこちなく。

転ばないのが精一杯…そんな様子だった。

 

おそらく。

オーナーによって与えられた“半凍結”とでもいうこの状態は、精霊人形の体の自由を制限するものなのだろう。

 

じゃあ、心は…?

 

H:…………。〔無表情〕

 

美しくやさしげなその顔に表情はなく、サファイアに似たその瞳はただ虚ろだった。

 

私とイグニスにまったく無関心であること。グロリア様への受け答え。

 

それらと併せて考えると、その心もまた、何らかの制限を受けているとしか思えなかった。

 

今のルディはまるで、決まった動きだけを繰り返す“機械仕掛け”のようだった。

 

Gl:ただし、魂を宿した人形のネジを開け締めできるのは、オーナーに限られるけど。

 

「オーナーに限られる」

 

…また、オーナーだけ、なのね。

オーナーは自分の人形に対して、何て重い権限が与えられているのだろう。

 

やっとグロリア様の前にたどりついたルディは、美しい装飾が施された裁縫箱をテーブルに置いた。

 

Gl:さあ、準備をなさい。

 

H:……はい。

 

グロリア様に促され、ルディは裁縫箱を開けた。

針、ピンクッション、糸巻き、メジャー、針受、糸切ばさみ、ものさし…。

裁縫に必要な道具が、そこに整然と収められていた。

 

Gl:お話は手仕事をしながらでいいかしら。

  もうすぐ従妹の誕生日なの。彼女のための贈り物なんだけど。

 

主:…はい。

 

親しい人に手芸品を贈る。それはごく普通のことだ。

でも、何も今、そんなことをしなくても…。

おかしいと思った。

でも、「はい」と答えるしかない。

 

Gl:ルディ、さっさとなさい。

 

裁縫箱を開けたまま、ぼんやりしているルディにグロリア様は言った。

 

H:…はい。

 

ルディは、右手でピンクッションから1本の待ち針を取ると。

 

H:…!

 

自らの左手の甲にそれを突き刺した。

 

主・I:!!

 

ルディは、再びピンクッションに右手をのばし、待ち針を取ると、また自らの左手の甲に刺した。

 

H:!

 

主:ルディ!何をしてるの!?

 

私は思わず叫んだ。

 

Gl:ルディは針仕事の手伝いをしてくれているのよ。

  自分の手をピンクッション代わりにしてね。

 

主:!!

 

こんなの手伝いのわけがない。

これは罰なのだ。

 

おそらく半凍結のルディは、昨日と違って、グロリア様に何を命じられても逆らえないのだ。

だからこそグロリア様は、ルディに自分で自分を傷つけさせているのだろう。

心身に“枷”をはめられたルディは、今、自分が自分に何をしているのかもよくわかっていないのかもしれない。

“オーナーが命じるから”

それだけの理由でルディは、もう1本待ち針を取り、再び自分の手の甲に突き刺した。

 

H:!〔顔をしかめる〕

 

主:!!

 

ルディが痛みを感じているのはあきらかだった。

…そうね、痛みを感じさせられなければ罰にならない。

 

グロリア様は、精霊人形がオーナーの前でいかに無力であるかということを…所詮人形は人形であるということを、私に見せつけようとしているかのようだった。

 

Gl:いつまでのろのろやっているの?

  私が手伝ってあげるわ。

 

そう言ってグロリア様は立ち上がり、ピンクッションから針を取ると。

ルディの手の甲に思い切り突き立てた。

 

H:ああっ!!

 

たまらずルディは、体をのけぞらせ、悲鳴を上げた。

 

Gl:さあ、もう1度手をお出しなさい。針はまだあるのよ。

 

私はイグニスを見た。

 

I:……………。

 

イグニスはただ、無言でルディとグロリア様を見ていた。

 

イグニス…。

ルディが…自分の仲間がこんな目にあっているのに、なんとも思わないの…!?

 

H:…はい。も…申し訳…あり…ません…。

 

ルディは、1度引いた手を再びグロリア様の前に差し出した。

ルディの手の甲には、すでに4本の針が刺さっている。

 

Gl:そう、いい子ね。

  あなたが本当のいい子になれるように、私が正してあげるわ。

 

そう言ってグロリア様は再び針を取り、その手を振り上げ…、振り下ろした。

 

主:やめてください!

 

H:!

 

Gl:!?

 

I:!

 

主:…………。

 

針は。

私の手に刺さっていた。

5本目の針が、ルディに突き立てられようとした瞬間。

私は、ルディの前に自分の右手をかざしていた。

その結果、針は狙いを大きく外れ、私の右手の甲に突き刺さった。

 

Gl:………!

 

私は手の甲から針を抜き取った。

ほんのわずかだったけれど、皮膚に血がにじんでいた。

…痛い。

1本刺さっただけで、こんなに痛いのに…。

 

私は、黙ってルディの手の甲に刺さっているすべての針を抜き、床に捨てた。

 

主:…グロリア様。もう、おやめください。

  私の何がそんなにお気にさわったかはわかりませんが…。

  グロリア様の前に姿を現すなとおっしゃるなら、2度と姿を見せません。

  ルディに会うなとおっしゃるなら、それもお約束します。

  ですから、どうか、…どうかもうルディを許してください…!

  お願いします…!!

 

Gl:……………。〔呆然と目を見開いている〕

 

グロリア様は呆然と私を見ていた。

思いがけず私を…人間を傷つけたことは、グロリア様の曇った心に、何か影響を与えたのかもしれない。

 

I:…グロリア。

 

初めてイグニスが口を開いた。

 

I:ホブルディはお前の人形だ。

  お前の人形をお前がどのように扱おうと、誰に口を挟まれる筋合いのものではないだろう。

  だが、何の罪もないこの娘に手を出すと言うのなら、黙って見ているわけにもいくまい。

 

イグニス…。

 

イグニスは、グロリア様の前に進み出た。

グロリア様は、イグニスに気圧されるように後ずさった。

 

Gl:!

  な…なによ!

  あなた、人形のくせに…人間に逆らうつもり!?

 

I:精霊人形が人間によって作られたことは事実であり、多くの人形は人間に無条件で畏敬の念を持っている。

  しかし、そのことが人間への絶対的な服従の理由とはなりえない。

  人形にとって、自分のオーナーとそれ以外の人間は、明確に区別されるべきものだ。

  つまり、私にお前を怖れる理由はない。

 

そう言ってイグニスはさらに一歩踏み出した。

 

グロリア様の受け答え如何では、剣に手をかけそうな彼の様子に私はうろたえた。

 

主:イグニス…待って。

  あの、グロリア様。私はただ、ルディを許して欲しいだけなんです。

  グロリア様がなぜ、あんな無理な命令をルディに出されたのか、私にはわかりませんが…ルディが受けている痛みは、罰としてもう充分です…。

  お願いです。どうかルディを許して下さい。

 

Gl:……………。

  …わかったわ。

 

グロリア様は、眉をしかめていらした。

その表情は、後悔しているようにも、怒っているようにも、怯えているようにも見えた。

 

Gl:ルディを…。

  許します…。

 

主:本当ですか?

 

Gl:ええ。約束するわ…。

 

グロリア様は、そうおっしゃってくれた。

グロリア様は、すっかり疲れきっているようだった。

誰か傷つける…それは、傷つけた人間まで消耗してしまうものなのかもしれない。

グロリア様が、ご自分を取り戻して下さったのならいいのだけれど…。

 

 

〔街中〕

私たちは家路についていた。

 

あの後、グロリア様はルディのネジを締めてくれた。

その直後、ルディは休眠に入った。

1度不安定になった霊体は、休眠によって安定させる必要があるのだそうだ。

休眠から覚めればまた元に戻るのだと、グロリア様はおっしゃった。

 

嫌な気分だった。

グロリア様の残酷な罰も。

ルディの、あのおどおどした姿も。

そして…イグニス。

最後はイグニスが助けてくれたのだけれど…。

でも…。

 

主:イグニス。イグニスは、自分の仲間があんなひどいことをされていて、平気なの?

 

知らず知らずのうちに、語気が強くなる。

 

主:どうしてもっと早く、グロリア様を止めてくれなかったの?

  ルディをかばってあげなかったの?

 

私は、残忍なグロリア様、惨めなルディ、そして、事の発端になった自分自身…すべての苛立ちをイグニスにぶつけていた。

 

I:……………。

  人間に依らず、精霊人形は生きることはできない。

  つまり、精霊人形にとってオーナーとは、服従以外は許されぬ絶対的な存在なのだ。

 

主:………!

 

I:この事実を、お前がどう考えるかは知らんが…。

  それが、精霊人形という器に生まれついた者の逃れられぬ宿命なのだ。

 

精霊人形の宿命…。

イグニスはそう割り切って生きているのだろうか?

 

私はイグニスの顔を窺った。

 

I:……………。

 

イグニスは無表情だった。

 

彼は、自分の内側に沸き起こる感情を無視することで、人間の身勝手さを、人形の宿命を受け入れようとしているのかもしれない。

そう私は思った。

 

 

〔夜・主人公の部屋〕

私は、今日の出来事を振り返っていた。

 

ルディ…グロリア様…そして、イグニス。

マクファーレン邸での出来事は、私の精霊人形に対する漠然とした不安を煽った。

 

精霊人形は、時に人間の理性を奪ってしまうものなのだろうか…。

 

…ううん。大丈夫よ。

グロリア様も最後はルディを許して下さったし。

それに、イグニスも私を助けてくれた。

彼のオーナーでもない私を。

 

そうよ…大丈夫。

精霊人形はとても不思議な存在で…不安に思うこともあるけれど。

でも、大丈夫…。

 

私は自分にそう言い聞かせて、部屋の明かりを消した。

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

(4)

〔リビング〕

私とイグニスがグロリア様のお屋敷を訪ねてから、数日が経っていた。

 

グロリア様のおっしゃった通りなら、とっくにルディは元に戻っているはずだったけれど。

私が顔を出すことで、またグロリア様のご機嫌をそこねるのではないかと思うと、行って確かめることはできなかった。

 

〔呼び鈴〕

 

あ、お客様?

 

私は玄関に向かった。

 

 

〔玄関〕

H:こんにちは、お嬢さん。ご機嫌いかがかな?

 

主:ルディ!

 

ルディは初めて会ったときと変わらない、きらきらした笑顔を私に見せてくれた。

ああ、元に戻ったのね。よかった…本当によかった。

 

H:この間はみっともないところを見せちゃったね。

  でも、喉元過ぎれば何とやら。人形なんて現金なものさ。

  ネジさえ締まれば、ほら、この通り。

 

ルディは、少しおどけた口調でそう言った。

 

主:ふふっ。もう、ルディったら。

 

うれしい気持ちも手伝って、私も笑顔になる。

 

主:あ…。

  ところで、グロリア様は…?

 

H:グロリア?

  …ああ、何か落ち込んでたよ。

  冷静になって考えれば、2人の前で醜態さらしたわけだし。

  当分はヒステリー起こす元気もないんじゃない?

 

ルディが元に戻ったのはうれしいけれど。

もしもルディがグロリア様の苦しみを心からわかってあげられたら、グロリア様の傷も早く癒えたかもしれない…。

 

H:あーあ。僕に比べてホリーは本当に幸運だよね、こんなにやさしいオーナーでさ。

  もっとも、彼女自身は“呪いの人形”なんて呼ばれてたけど。

 

主:「呪いの人形」?

 

H:あ、知らなかった?じゃあ、教えてあげるよ。

  彼女が仕えるオーナーはどういうわけか、早死にしたり、大怪我したり、火事になったり、破産したり、身内が不自然に死んだり…とにかく不幸が続いてね。

  いつしか彼女は“呪いの人形”って呼ばれるようになったんだ。

 

主:………………。

 

H:とはいえ、そんな不吉なあだ名が世間に広まってからも、しばらくは引き取り手があって、彼女もずいぶん頑張ってたみたいだけど…やっぱりいろいろとあってね。

  とうとう、彼女のオーナーになろうという人間は1人もいなくなった。

  ふふっ。これってさ、実は相当珍しいことなんだよ。

 

主:え?

 

H:だって、精霊人形は人間にとって最高のステータスだったから、精霊人形ってだけでみんな争って欲しがった。

  金銀宝石にも勝る、誰もが欲しがる宝だったんだよ、精霊人形は。

  それなのに彼女だけは誰も貰い手がつかなかった。

  呪いを恐れた人間たちは、彼女がいくら素晴しい精霊人形でも、側に置きたいとは思わなかったんだね。

 

主:……!

 

H:ま、おとなしそうに見えても、ホリーはそういう曰く付きの人形だから。

  今後も彼女のオーナーを続けるつもりなら、君もちょっと気をつけた方がいいんじゃないかな?

 

…………。

知らなかった。

ホリーにそんな過去があったなんて。

 

H:ねえ、そんなことより。

 

と、ふいにルディは真面目な顔になった。

 

H:アストリッド。この間は本当にありがとう。

  こうやって元に戻れたのは、全部君のおかげだよ。

  人形はあんな状態でも、目も耳も、ちゃんときいてるんだ。

  だから、君が僕にしてくれたこと、僕は全部知ってる。

  僕のせいで受けた傷は、もう痛まないかい?

 

そう言ってルディは私の手を握った。

 

主:!

  えっ…ええ、大丈夫よ。

  ちょっと刺さっただけだったし…。

 

H:よかった。僕はずっと心配だったんだ。

  あの傷が元で君が死んでしまったらどうしようって。

 

心配してくれるのはありがたいけど、いくら何でも大げさすぎる…。

 

主:私よりルディはどうなの?傷は?

 

人間の傷は時間が経てば治るけれど。

人形の傷は…?

 

H:僕は大丈夫。

  精霊人形には復元力があるんだ。

  もっとも、復元できるのは表層的な傷に限られるけどね。

  ああ、そんなことよりアストリッド。

  君は、可愛いだけじゃなく、やさしくて、勇気もあるんだね。

  僕はとても感動したよ。君は僕の恩人…いや、天使だよ。

 

ルディの顔が私に迫る。

白い額にかかる金色の前髪がさらりと揺れ、青い瞳が私を見つめた。

 

主:…!

 

熱を帯びた眼差しを送る、そのサファイアの瞳に。

私の胸は一瞬、一際高く鳴り、目は釘付けになっていた。

 

…………精霊人形って、どうしてこんなに綺麗なんだろう…。

 

H:ああ、アストリッド。

  僕は君の靴先になら、心からの敬意をもって口づけられるよ。

  でも、許されるなら君の唇に…

 

ル、ルディ…!?

 

I:ホブルディ。

  元に戻ったのは結構だが、その軽薄な態度は改めるべきではないのか?

 

主:イグニス!

 

私は思わず声を上げた。

私の声に驚いたのか、それとも突然姿を見せたイグニスを気にしてか。

とにかくルディは私の手を放してくれた。

 

H:軽薄とは失敬だな。僕は心から彼女に感謝しているのに。

  ……特に、今、このタイミングで、彼女と出会えたってことにね。

  イグニス、君もそう思うだろ?〔にっこり〕

 

I:……………。

 

H:アストリッド。君とはまだおしゃべりしていたいけど、イグニスが出てきたんじゃ退散した方がよさそうだ。

  彼が会話に加わると、いつのまにかお小言を聞かされる羽目になってるんだからさ。

 

そう言ってルディは肩をすくめた。

 

H:じゃ、アストリッド。名残惜しいけど僕はこれで。

  また、必ず会おうね。心やさしい僕の天使。

 

〔ルディ退場・ドアの開閉音〕

 

ルディは、最高の笑顔で最後の言葉を締めくくると、私たちの前から立ち去った。

 

I:…………。

 

主:イグニス、どうかしたの?

 

私はイグニスに声をかけた。

何か考え込んでいるように見えたから。

 

I:……いや、何でもない。

 

〔イグニス退場〕

 

ルディが元に戻ったことはうれしかった。

私に感謝の気持ちを、ちょっと恥ずかしくなるくらいに表してくれたことも。

 

………でも、なぜだろう。

ルディは今日、あのときのお礼を言うためだけに来たのではないような気がした。

 

じゃあ、なんのために?

……そう考えても、思い当たることはないんだけど…。

 

ただ、「何でもない」と答えたイグニスの態度も私の心にひっかかった。

 

 

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