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         【 ひとつめのおはなし : Ignis-route 】

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第1章:見知らぬ訪問者

(1)

〔黒背景〕

私は、夢を見ていた。

 

見ていたとは思うけれど。あまりに切れ切れで、支離滅裂で、見ていた…という感覚しか残らなかった。

 

 

〔リビング〕

…あれ?

ここは…。

 

…ああ、そうだ。

ここは、叔父さまのお屋敷…。

リビング…よね。

 

……?

でも、どうして私…こんなところで寝てるの…?

 

?:目が覚めたか。

 

…………?

…誰?

叔父さま?

…でも、声が違うような…。

 

私は、声のした方に目をやった。

 

?:どうやら準備が整ったようだな。

 

そこに立っていたのは、見知らぬ青年だった。

 

主:!?

 

私はソファから飛び起きた。

 

この人…誰?

 

主:あのっ。

  ……えっと…。

  ………どちら様…ですか…?

 

叔父さまの知り合い…?

でも無断で入ってくるなんて…。

………まさか、強盗!?

 

?:私は人形だ。

 

「私は、人形」?

 

……………?

 

この人、今、自分は人形だって言ったのよね…?

どういう意味?

私をからかってるの?

それとも、私の聞き間違い?

?????

 

よほど私は、わけがわからないという顔をしていたのだろう。

答えた彼の方が先に口を開いた。

 

?:…………?

  ……お前は、この屋敷の人間ではないのか?

 

主:えっ?私?

  私は…。

 

私はここにやって来た経緯を、この見ず知らずの青年に話した。

 

話しているうちに、私の彼に対する警戒心は薄れていった。

少なくとも彼は、強盗や暴行目的でここにやって来たわけではなさそうだった。

 

でも、彼は本当にどういう人なのだろう…?

 

黒い羽根が縁取るマントと、軍人風の衣服はものものしく。

長い銀髪は月の光を、真紅の瞳はルビーの輝きを宿し。

そして、あまりに整った顔立ちは、緻密な計算の上に設計されたのかと思われるほどで、どこか作り物のようにさえ見えた。

 

………………。

………作り物…?

 

彼はさっき、自分を人形だと言った。

 

……………。

 

警戒心は薄れたけれど、私の疑問はふくらむばかりだった。

 

?:なるほど。

  お前は、本当に何も知らないのだな。

 

主:…はい。

 

?:何も知らないまま、偶然擬似魂を取り込んだというわけか。

  ……これもまた、運命の綾とでもいうべきものなのだろう。

 

彼は1人で納得していた。

何ひとつ理解できないでいる、私を置いてきぼりにして。

 

?:…まあいい。

  どのような理由であれ、お前は精霊人形のオーナーになる権利を得たのだ。

  私の名はイグニス。精霊人形であり、精霊人形の番人だ。

 

そう前置きをして、彼は私に話し始めた。

精霊人形のこと。

擬似魂のこと。

そして、私が精霊人形のオーナーになる機会を得たということ。

 

にわかには信じられない話ばかりだった。

でも、詐欺なのか、冗談なのか、あるいはもっと違う目的なのか、理由はまるでわからないけれど。

とにかく私をだますための嘘だとしたら、彼…イグニスの話す、生命を持った人形―「精霊人形」などと言うものはどう考えても荒唐無稽すぎていて、“だまし”としては成立していないような気がした。

 

イグニス(以下I):ところで、この屋敷には精霊人形が保管されているはずだが。

 

主:このお屋敷の精霊人形…?

 

言われて私はふいに思い出した。

子供のころ、地下室で偶然見つけた等身大の人形のことを。

 

 

〔地下室〕

私はイグニスを案内して地下室にやって来ていた。

部屋の隅には黒塗りの棺。

おそらくその中に、私たちの目的のものは眠っている。

 

〔暗転・蓋を開ける音〕

 

イグニスは棺の蓋を開けた。

 

:…………!

 

私は棺の中に目を落とし、深いため息をついた。

 

〔暗転明け〕

棺には、人間そのものと見まごうほどに精巧で、人間と思って見ればあまりに完璧すぎる、美しい少女人形が納められていた。

その人形を一言で言い表すなら…。

 

象牙色の人形…だろうか。

 

けぶるように彼女の頬にかかっているのは、緩やかに波打つ象牙色の髪。

肌は甘く匂い立つミルクのように白く、澄んだ青林檎色(アップルグリーン)の瞳はペリドットを思わせた。

この可憐な少女人形は、まるで朝靄の淡い光に包まれているかのようだった。

 

I:さあ、どうするのだ。

 

主:え?

 

I:お前は、精霊人形のオーナーになるつもりがあるのか。それともないのか。

 

主:……………。

 

I:お前がオーナーになると言うのなら、凍結の解き方を教える。

  ならないと言うのなら、擬似魂を返してもらう。

  私はどちらでもかまわない。

  さあ、どうするのだ。

 

イグニスは私に決断を迫った。

 

ランタンの中、燃えていた不思議な青白い炎。

日の光も届かない場所にしまい込またれた、人間そっくりの美しい人形。

そして、降って湧いたあまりにも非現実的な話。

 

何もかもが半信半疑だった。

 

………でも。

私は……。

 

……………。

 

………………。

 

……………………。

 

私は、決断を下した。

 

 

第2章