エピローグ

〔黒背景〕

私が戻った学生生活は、今までと変わらないものだった。

 

“今まで”とは、あの噂が立つ前のことだ。

お爺さまが亡くなってからだって、もう半年近くが経っている。

噂なんて、一時どれほど巷を騒がしたとしても、やがて飽きられ、忘れ去られるものなのだろう。

……それに。

学生たちにとって長い夏期休暇は、誰もが様々な経験を経て、変わってゆく時間だったのかもしれない。

私がそうであったように。

 

そして、お屋敷を離れて1ヶ月半が過ぎようとする頃――。

 

 

〔学生寮・アストリッドの部屋〕

普段通り授業を終え、自室に戻った私は、机の上の白い猫のぬいぐるみを見つめていた。

 

青い瞳と長い手足を持つこのぬいぐるみは、ぬいぐるみといっても小ぶりなもので、1番目につくよう机の上に飾ってある。

 

このぬいぐるみを眺めながら、私は一昨日の事を思い出していた。

 

〔回想・アストリッドの部屋〕

私は、寮母さんから郵便物として受け取ったばかりのトランクをベッドの上に置いた。

トランクには鍵がかかっていて、ハンドルには荷札がくくりつけられている。

 

荷札の宛て先は私。

そして、送り主はルディだった。

 

数日前、やはりルディから封筒が届いていた。

でも、その封筒の中に手紙はなく、入っていたのは小さな鍵1つだけだった。

…たぶん、この鍵で開けるように…ってことよね…?

 

トランクの鍵穴にそれを差し込むと、案の定、鍵は小さな音をたてて回った。

 

トランクの中身は。

冬物のカーディガンとショール。

ミトンと2種類のハンカチ。

揃いのデザインのブラシと手鏡に、ハーフパールのブローチ。

そして、白い猫のぬいぐるみ。

 

私は、添えられていた手紙を開いた。

 

――親愛なるアストリッド。

アストリッド、元気にしているかい?僕は元気だよ。

執事としての仕事もしっかりやらせてもらっている。

僕の働きぶりには、サイラスも非の打ちどころがないんじゃないかな?――

 

………ふふっ。

本当かな?

 

――君が行ってしまってから、もう1ヶ月以上が過ぎるんだね。

君のいない屋敷は寂しい限りだ。

何をしていても、思うのは君のことばかりで。

だから…僕は君に贈り物をすることにした。

どうせ君のことを思うなら、君の喜ぶ顔を思い浮かべた方が楽しいだろ?

もっとも僕の安月給じゃ、たいしたものは揃えられなかったけど、1つでも君の心にかなうものがあれば、僕は本当にうれしい。――

 

ううん。“ひとつ”なんてことない。

どれも素敵だわ…!

 

――こうやって、君への贈り物を考えるのは楽しかったけど。

でも、やっぱり君に会いたいな。

本当に届けたいものは、トランクなんかに入れられないから。――

 

………ルディ。

 

――じゃあ、アストリッド。どうか体には気を付けて。

君に会える日を心から楽しみにしているよ。

君のホブルディ――

 

〔回想明け〕

私は猫のぬいぐるみを手に取って、その顔を改めて見つめた。

 

ふふっ。

この子、ちょっとやんちゃな感じがルディに似てるわ。

 

…………………。

 

私はぬいぐるみを胸元に抱き寄せると、そのままベッドに仰向けになって目を閉じた。

 

〔暗転〕

贈り物はもちろんうれしいけれど。

これを選ぶ間、ルディがずっと私を思ってくれていたということが、それにもましてうれしかった。

 

……でも、こんなことしてもらったら。

本当に会いたくなっちゃう…。

……ああ、会いたいな…ルディ…。

今すぐ、会いに行けたらいいのに…!

 

〔ノックの音〕

 

〔暗転明け〕

寮母:アストリッド。あなたにお客様よ。

   面会室でお待ちいただいているから、いらっしゃい。〔ドア越しの声〕

 

主:あっ…はいっ。

 

私はベッドから飛び起きた。

 

お客様?誰だろう。

 

〔廊下〕

女生徒A:ねえ、見た?

     さっき、すっごく綺麗な男の人がここを通って行ったわ。

 

…?

 

女生徒B:見た見た!

     まるで、おとぎ話に出てくる王子様みたいだったわ!

     …ねえ、誰かのご兄弟かしら…?だったら、絶対紹介してもらわなきゃ…!

 

「おとぎ話の王子様」?

……まさか。

 

〔面会室のドア前〕

私は、はやる気持ちを抑えて、面会室のドアをノックした。

 

〔ノック音〕

 

:どうぞ。

 

……!

…この声…。

ドア越しだから、まだはっきりは言えないけど…。

 

:…失礼します。

 

私は、小さく深呼吸してからドアノブを回した。

 

〔ドアの開閉音〕

 

〔面会室〕

H:久しぶりだね、アストリッド。

 

面会室にいた人。

それは今、会いたいと心に描いていたあの人…ホブルディだった。

 

主:…ルディ!

  どうしたの?

 

H:どうしたのって、冷たいね、アズ。

  君にどうしても会いたくなってここまで来たんだよ。

  そういうの、ダメかな?

 

私は首を横に振った。

 

主:あ…でも、お屋敷は?

 

H:ミセス・デイビスに頼んできたよ。

  僕が来る前、サイラスはそうしてたんだろ?

  だったら問題ないよ。

 

………………。

手紙に書いてあった、“仕事ぶりは非の打ちどころがない”っていうのは。

やっぱりちょっと、あやしいかも…。

 

H:あ、そうだ。プレゼント、ちゃんと届いたかな?

 

主:ええ!ありがとう、ルディ。

  どれも本当に素敵なものばかりだったわ!

 

H:ふふっ。喜んでもらえて僕もうれしいよ。

  じゃあ、トランクに入れられなかった贈り物も、きっと気に入るよね?

 

主:え?

 

そう言うとルディは私を抱き寄せ。

にっこり微笑むと。

 

私の頬にキスをした。

 

   

『人形と解放』編(ひとつめのおはなし)H:1st doll解放Ver. END(3)

 

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